就業と治療の両立支援

【事例で学ぶ】疾病を抱える従業員の「両立支援」――人事・労務担当者のための実務ガイド

※本コラムは一般的な情報提供を目的としたものです。個別の就業判定・措置の可否は、労働者ごとの状況に応じて産業医等の意見を踏まえてご判断ください。

「制度は知っているが、実際にどう動けばいいか分からない」――そんな声にお応えします

2026年4月1日、改正労働施策総合推進法が施行され、「治療と就業の両立支援」が事業主の努力義務として位置づけられました。あわせて厚生労働省は「治療と就業の両立支援指針」(令和8年厚生労働省告示第28号)を公示し、2026年4月から適用しています。

「努力義務」であるため、直ちに罰則が科されるものではありません。しかし国が全企業に対応を求める段階に入ったことは事実であり、いざ従業員から相談を受けたときに「何から手をつければよいか分からない」という状態は、避けたいところです。

本コラムでは、制度の解説にとどまらず、具体的なケースに沿って人事・労務担当者が実際にどう動けばよいかを整理します。


そもそも「両立支援」とは何を指すのか

両立支援とは、治療が必要な疾病を抱える従業員が、業務によって病状を悪化させることなく、治療を続けながら働けるよう、事業場が就業上の配慮を行う取り組みを指します(厚労省「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」令和6年3月版)。

ポイントは、対象疾患に決まったリストがないことです。ガイドラインは病名を限定せず、「反復・継続して治療が必要で、かつ就業の継続に配慮が必要となる病気」を広く対象としています。がん・脳卒中(脳血管疾患)・心疾患・肝炎・糖尿病・指定難病などが典型例ですが、精神疾患も含まれます。一方で、風邪のように短期間で治る疾病は原則対象外です。

基本の流れ(標準的な進め方)

両立支援は、おおむね次のステップで進みます。

  1. 従業員が主治医に勤務情報を提供する(勤務情報提供書)
  2. 主治医が就業継続の可否や望ましい配慮について意見を出す(主治医意見書)
  3. 産業医等が、職場の実態を踏まえて就業上の措置について意見を述べる
  4. 事業者が「両立支援プラン」を作成し、就業上の措置を実施する
  5. 定期的にフォローアップし、状況に応じて見直す

様式は「自社仕様」に整えると効果的

ステップ1・2で使う勤務情報提供書・主治医意見書は、厚労省が様式例を公開しており、令和6年3月版ガイドラインで追加された「治療と仕事の両立支援カード」(本人記載欄と医師記載欄が一枚にまとまった様式)を使うこともできます。

ただし、厚労省の様式例はあくまで汎用的な出発点です。実務上は、そのまま使うより自社の実態に合わせてアレンジする方がメリットが大きい場面が多くあります。

  • 自社の休暇制度・就業規則・業務内容に合わせて項目を調整できる(例:時間単位年休の有無など、実際に取り得る措置に直結する情報を主治医から得やすくなる)
  • 相談窓口・産業医選任の有無・会社の連絡先などを様式に組み込める(新指針でも、これらの記載欄を様式例に追記する方向が示されており、会社側が主体的に整える流れと整合します)
  • 「主治医に何を答えてほしいか」を会社側が設計できるため、返ってくる意見書の実効性が上がる
  • 社内で様式を統一でき、案件ごとの対応のばらつきや記載漏れを減らせる

「まず厚労省様式を試し、運用しながら自社仕様に育てていく」進め方が現実的です。


【具体例】ケースで見る両立支援

ここからは、代表的なケースで実務の流れを見ていきます。いずれも個人が特定されない一般化した例です。

ケース1:がん――治療法によって「制度設計の難しさ」が変わる

がんと一口に言っても、治療法(手術・化学療法・放射線治療)によって職場に求められる対応は大きく異なります。制度設計の観点では、外来で反復する化学療法や放射線治療の方が課題になりやすく、なかでも放射線治療が難しい傾向があります。

(1)手術療法のケース(比較的対応しやすい)

手術は入院を前提とすることが多く、一定期間の休業とその後の復帰という、時期の見通しが立てやすい類型です。休業期間が明確なため、復職時期の調整や引き継ぎの計画を立てやすく、両立支援の観点で困りごとは比較的少なめです。実務上の論点は、術後の体力回復や合併症の有無に応じた復帰後の一時的な業務調整が中心になります。

(2)化学療法のケース(比較的対応しやすい)

例えば、3〜4週間おき(レジメン=治療計画により週1回〜4週おきなど幅があります)に外来化学療法(点滴)へ通院し、点滴当日・翌日は倦怠感が出やすい、というケース。通院の間隔が空くため予定が立てやすく、通院日に合わせた休暇取得や、点滴翌日の在宅勤務などで比較的対応しやすい類型です。

(3)放射線治療のケース(制度設計が課題になりやすい)

一方、放射線治療(外部照射)は、以下の特徴があります(国立がん研究センター「がん情報サービス」より)。

  • 1回の照射自体は短時間(おおむね10〜30分)
  • 平日は連日通院が必要(土日祝を除き毎日、数週間続くことがある)
  • 照射自体で就業不能になることは化学療法ほど多くない(多くの患者は通常の日常生活を続けられる。ただし部位・治療内容により急性期・晩期の副作用が生じることはある)

ここで実務上の壁になるのが休暇制度です。1回数十分の通院のために連日「半休」を取得すると、年次有給休暇の消費が非常に大きくなり、実態に合いません。

そのため、時間単位年休(時間休)制度の整備・活用が鍵になります。半日単位の休暇しか運用していない企業では、放射線治療のケースで制度が実態に追いつかない、という事態が起こりがちです。「短時間・連日・就業自体は継続可能」という治療特性に、休暇制度が対応できているかを確認しておくとよいでしょう。


ケース2:メンタルヘルス不調からの復職――「再発が心配」

状況:適応障害で3か月休職していた社員が、主治医から「復職可能」の診断書を得て復帰を希望。

実務の動き

  • メンタル不調の復職は、身体疾患以上に**「就業可能」と「業務遂行可能」のギャップ**に注意が必要です。診断書の「復職可能」は、日常生活レベルの回復を示すことが多く、フルの業務負荷に耐えられるとは限りません。
  • 復職前に**生活記録表(直近2週間程度)**で睡眠・活動リズムの安定を確認。
  • 産業医面談で、**就業可否と当面の配慮(残業制限、業務量・難易度の段階的な調整、配置の一時調整など)**を検討。
  • 復帰は「元の部署・元の業務への復帰」を原則としつつ、再発予防の観点から負荷のかけ方を段階的に上げる。

なお、短時間勤務やいわゆるリハビリ勤務を選択肢に挙げる企業もありますが、賃金の取扱い・責任範囲の切り分け・復職判定との関係など整理すべき論点が多く、一律に推奨されるものではありません。導入する場合は事前設計を丁寧に行うことが前提です。

つまずきやすい点:本人・現場・人事の三者で**「戻ってからどう慣らすか」の合意**を事前に取っておくこと。復帰初日にいきなり通常業務に戻すと、再休職につながりやすくなります。


ケース3:脳卒中後の復職――「後遺症とどう向き合うか」

状況:社員が脳梗塞で入院・リハビリ。軽度の手のしびれと疲れやすさが残るが、本人は復職を強く希望。

実務の動き

  • 後遺症の程度と業務内容の適合性を、産業医・主治医の意見を踏まえて丁寧に確認する。
  • 高所作業・運転業務・精密作業など、安全に直結する業務がある場合は、就業可否の判断を慎重に行う。
  • 当面は負荷の低い業務への一時的な配置転換や、休憩を取りやすい勤務設計を検討。
  • 回復に応じて段階的に業務を戻す。

つまずきやすい点:本人の「働きたい」意欲と、安全配慮義務(労働契約法第5条:使用者は労働者が安全に働けるよう必要な配慮をする義務)のバランス。意欲を尊重しつつも、医学的な裏づけのないまま危険業務に復帰させることは避けるべきです。


人事・労務担当者が押さえるべき5つの実務ポイント

  1. 完璧な制度より「運用できる最小構成」から 相談窓口の明確化、勤務情報提供書・主治医意見書の様式準備、産業医への相談ルートの3点があれば、まず動き出せます。様式は自社仕様に整えると効果的です。

  2. 就業上の措置の最終判断は「事業者」が行う 主治医意見書も産業医意見も、あくまで判断材料です。ただし、医学的判断を要する部分については産業医等の意見を尊重することが、安全配慮義務の観点からも重要です。

  3. 健康情報の取り扱いに配慮する 病名や治療内容は機微な個人情報です。共有範囲を必要最小限にとどめ、「事業場における健康情報等の取扱規程」を整備しておくと安心です。

  4. 「元の職場への復帰」を原則にしつつ、柔軟に 復職は原則として元の部署・業務が基本ですが、疾病の特性によっては一時的な調整が有効な場合もあります。

  5. 一度で終わらせず、フォローアップする 治療フェーズは変化します。プランは「作って終わり」ではなく、定期的な見直しが前提です。


まとめ

  • 2026年4月から、治療と就業の両立支援は事業主の努力義務になりました。
  • 対象は病名を問わず、反復・継続して治療が必要な疾病(精神疾患を含む)。
  • 進め方は「勤務情報提供 → 主治医意見 → 産業医意見 → 両立支援プラン → フォローアップ」が基本形。様式は自社仕様に整えると実効性が高まります。
  • 疾病ごと・治療法ごとに配慮の勘所は異なります。特にがんは、放射線治療のように「短時間・連日通院」の類型で休暇制度(時間休など)の設計が問われます。
  • 就業判定など医学的判断を伴う局面では、産業医等の意見を踏まえて進めることが、安全配慮義務の観点からも重要です。

まずは、相談を受けられる体制を整えるところから始めてみてください。


※本コラムは執筆時点(2026年7月)の情報に基づいています。制度の詳細は厚生労働省「治療と仕事の両立支援ナビ」等でご確認ください。個別事案については産業医・専門家にご相談ください。

出典:厚生労働省「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン(令和6年3月版)」/「治療と就業の両立支援指針(令和8年厚生労働省告示第28号)」/改正労働施策総合推進法(令和8年4月1日施行)/国立がん研究センター「がん情報サービス(放射線治療)」

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