睡眠衛生
職場の睡眠衛生 ― 自覚されない睡眠不足をどう拾い、どこから睡眠障害を考えるか【産業医が解説】
結論から申し上げます。睡眠について職場で扱いにくいのは、足りていない人ほど、足りていないと感じていないという点にあります。本人の申告を待っていると拾えません。そして、睡眠衛生の習慣を整えることは、この「自覚されない不足」を減らす手段として、実際のところ最も現実的な打ち手です。そのうえで、習慣を整えても残る支障については、睡眠障害の可能性を考える段階に移ります。
この記事の要点
- 「6時間以上」は下限であって、目標ではありません。睡眠ガイド2023は「おおよそ6〜8時間が適正」としたうえで、6時間を「少なくとも」の値として置いています。まとまった時間として確保されているかも見ます。
- 慢性的な睡眠不足は、本人に自覚されません。6時間睡眠を2週間続けた群は、成績が徹夜1晩相当まで低下しても、主観的な眠気はわずかしか増えませんでした。「本人が大丈夫と言っている」も「自分は短時間でも平気」も、根拠になりません。
- だからこそ、睡眠衛生は「感覚に頼らない目安」として意味を持ちます。起床時刻を揃える、朝に光を浴びる、寝酒をしない。いずれも眠気の自覚がなくても実行できる行動です。
- 労働時間と睡眠時間の連動は、以前ほど単純ではありません。在宅勤務が定着し、通勤時間という前提が崩れました。勤務間インターバルは有用な参考指標ですが、これだけで睡眠が説明できるわけではありません。
- 職場で確かに観察できるのは、事例性の課題です。会議中の居眠り、遅刻の増加、確認漏れ。日付・事実・回数で記録します。就業上の措置の根拠は、ここに置きます。
- 睡眠時無呼吸症候群は、自覚症状に乏しい状態です。国内では中等症以上の有病者が900万人規模と推計される一方、治療を受けている人は50万人に満たないとされます。2026年6月から「睡眠障害」を診療科名に掲げられるようになりました。
目次
1. 「6時間以上」は下限であって、目標ではない
厚生労働省の「健康づくりのための睡眠ガイド2023」は、成人の睡眠時間について次のように記載しています。
成人においては、おおよそ6〜8時間が適正な睡眠時間と考えられ、1日の睡眠時間が少なくとも6時間以上確保できるように努めることが推奨されます。
よく引用されるのは「6時間以上」のほうですが、原文は「おおよそ6〜8時間」を適正な範囲とし、6時間を「少なくとも」の値として置いています。つまり6時間は下限であって、目標ではありません。6時間を目標に設計すると、適正とされる範囲の端に張り付くことになります。
必要な睡眠時間に個人差があること自体は、そのとおりです。ただし実務では、この「個人差」が「自分は短くても大丈夫なほうだ」という自己評価の根拠として使われる場面のほうが、圧倒的に多く見られます。その自己評価がどこまで当てになるかは、次章で扱います。
もうひとつ、まとまった時間として確保されているかも重要です。合計が同じでも、細切れの睡眠や日中の仮眠で埋めた場合に同等とみなせる根拠はありません。仮眠は不足を和らげる補助であって、夜間の睡眠の置き換えにはならない、と考えておくのが安全かと思われます。
1-1. 時間を確保したうえで、質も見る
同ガイドは、推奨事項のなかで、生活習慣や寝室環境を見直して睡眠休養感を高めることを並べて挙げています。睡眠休養感とは「睡眠で休養がとれている感覚」を指します。
同ガイドには「睡眠時間が短い場合、死亡リスクが増加しますが、睡眠休養感が確保されている場合には死亡リスクが増加せず」という記載もあります。ただし、これは「休養感さえあれば時間は短くてよい」という意味ではありません。時間の確保が前提にあり、そのうえで質も見る、という順序で読むべき箇所かと思われます。
本人に確認するときの手がかりは、次の3点です。
- 実際に寝床で眠っている時間が、まとまって6時間を超えているか
- 朝、起きたときに休まった感じがあるか
- 日中に強い眠気で困っていないか/休日に極端な寝坊をせずに足りているか
ただし、この3点はいずれも本人の申告に依存します。そして、そこに落とし穴があります。
2. 睡眠不足は、本人に自覚されない
産業医面談では、睡眠について必ず尋ねます。ただし「睡眠は足りていますか」とは聞きません。この聞き方では、「慣れました」「これで大丈夫です」という答えしか返ってこないためです。
実際に尋ねるのは、次の2つです。
「だいたい何時から何時まで寝ていますか」
「夜中に途中で目が覚めることなどはないですか」
足りているかどうかの判断は、こちらで行います。本人に評価させるのではなく、時刻と事実を答えてもらう形にするということです。
なぜ、本人の評価に委ねないのか。参考になる研究があります。
2-1. 6時間睡眠を2週間続けると、何が起きるか
前章で「6時間は下限であって目標ではない」と書きました。下限ぎりぎりを続けるとどうなるかを実験的に確かめた研究があります。
Van Dongen らの研究(Sleep. 2003;26(2):117-126)は、健康な成人48名を睡眠時間の異なる群(8時間・6時間・4時間)に割り付け、14日間にわたって実験室内で管理したものです。別に、完全断眠を3日間行う群も設けられています。
① 成績は、日を追って低下し続けた
注意力を測る課題(PVT)の成績は、6時間群で14日後に徹夜1晩相当、4時間群で徹夜2晩相当の水準まで低下しました。頭打ちになることなく、累積していきます。
② 主観的な眠気は、それに見合って増えなかった
一方、本人が申告する眠気の程度は、14日間を通じてわずかな増加にとどまりました。成績が最も悪化した時点でも、被験者の自己評価は「少し眠い」程度でした。これに対し、完全断眠の群では眠気の自覚がはっきりと増加しています。
つまり、徹夜の眠気は自覚できるが、慢性的な睡眠不足の眠気は自覚されにくいということになります。実験条件下の若年健常者を対象とした研究であり、職場の状況にそのまま当てはめることには慎重であるべきですが、「本人が大丈夫と言っているから問題ない」という判断の根拠は弱いと考えたほうがよいかと思われます。
もうひとつ、見落とされやすい点があります。成績が低下したのは、4時間群だけではありません。6時間群も、2週間かけて徹夜1晩相当の水準まで落ちています。
「6時間眠っているから足りている」とは言えない、ということです。第1章で6時間を「下限であって目標ではない」と書いたのは、この理由によります。個人差はあるとしても、下限に張り付いた状態を常態にすれば、自覚のないまま低下が積み上がる可能性があります。
2-2. これが、睡眠衛生を「習慣」として扱う理由
前章で挙げた「日中に眠くない」「朝に休まった感じがある」という目安は有用ですが、慢性的に不足している人ほど、この感覚が鈍っている可能性があります。感覚が当てにならないなら、感覚を待たずに実行できる形にしておくしかありません。
睡眠衛生の習慣が、その役割を担います。起床時刻を揃える、朝に光を浴びる、寝る前にアルコールを入れない。いずれも「眠い」と感じているかどうかに関係なく実行できる行動です。調子が悪くなってから対処するのではなく、感覚が鈍っていても崩れない枠組みをつくるという考え方になります。
次章で、その中身を整理します。衛生委員会や社内報でそのまま使える粒度で書いています。
3. 睡眠衛生 ― 自覚に頼らずに睡眠を確保する
良い睡眠のための生活習慣を「睡眠衛生」と呼びます。特別な設備も費用も要りません。ここでは、朝・日中・夜の3つの時間帯に分けて整理します。
3-1. 朝 ― 体内時計をリセットする
起床後に光を浴びることが、体内時計を整える最も確実な方法です。光を浴びてからおよそ14〜16時間後に眠気が訪れるため、朝の行動が、その日の夜の入眠につながります。
- 起床時刻を一定に保つ。就寝時刻より、起床時刻のほうが操作しやすく、効果も安定します
- 起きたらカーテンを開ける。屋外に出なくても、窓際の明るさで足ります
- 朝食をとる。体と脳を目覚めさせるスイッチとして働きます
在宅勤務の日こそ、この項目が効きます。通勤がないと、起床から始業までの時間が短くなり、朝に光を浴びる機会がそのまま失われます。始業直前に起きて、そのまま画面の前に座るという日が続くと、夜の入眠が後ろにずれていきます。出社日と在宅日で起床時刻が変わっていないかは、確認しておく価値があります。
3-2. 日中 ― 適度に動き、昼寝は短く
日中の適度な身体活動は、寝つきを良くし、睡眠を深くします。食事・運動習慣で触れた「こまめに動く」習慣は、睡眠の質の面でもプラスに働きます。
どうしても眠いときの昼寝は、午後の早い時間に30分以内にとどめると、夜の睡眠に影響しにくくなります。長すぎる昼寝や夕方以降の仮眠は、かえって夜の入眠を妨げます。
3-3. 夜 ― 眠りを妨げるものを避ける
| 対象 | 考え方 |
|---|---|
| カフェイン | コーヒー・緑茶・エナジードリンクなどは、就寝前の数時間は控えめに。効き方には個人差があり、影響が長く残る人もいます。 |
| アルコール | 寝つきは良くなるように感じても、夜間に目が覚めやすくなり、睡眠の質はむしろ低下します。「寝酒」は逆効果です。そして、寝酒をしている本人は「よく眠れている」と感じていることが少なくありません。前章の論点がそのまま当てはまる場面です。 |
| 喫煙 | ニコチンには覚醒作用があり、就寝前は避けるのが望ましいとされます。 |
| 強い光・スマートフォン | 就寝前の強い光は、眠りを促すホルモン(メラトニン)の分泌を妨げます。照明を落とし、画面から離れる時間をつくります。 |
| 入浴 | 就寝の1〜2時間前にぬるめのお湯につかると、その後の体温低下とともに自然な眠気が訪れます。 |
3-4. 「寝だめ」はできるのか
休日にまとめて長く眠る、いわゆる「寝だめ」。平日に不足した睡眠を休日に補うと、眠気や疲労感がある程度和らぐことは知られています。その意味で、睡眠不足を放置するよりは望ましい面があります。
ただし、寝だめで睡眠不足を完全に取り戻せるわけではありません。むしろ注意したいのが、休日に朝寝坊をして起床時刻が大きくずれることです。
平日と休日で起きる時刻が2〜3時間以上ずれると、体内時計が乱れ、時差ぼけに似た状態(社会的時差ぼけ/ソーシャル・ジェットラグ)になります。その結果、休み明けの月曜がつらくなったり、夜に寝つけなくなったりと、かえって睡眠リズムを崩す原因になります。
どうしても休日に補いたいときは、次の工夫が役立ちます。
- 起床時刻のずれは、平日プラス2時間以内を目安にする
- 長く寝るより、いつも通り起きて朝の光を浴び、日中に短い昼寝(30分以内)で補う
- 「たくさん寝る」より「不足をためない」を基本に考える
つまり寝だめは応急処置にはなっても、根本的な解決策ではありません。日々の睡眠時間を確保することが、結局はいちばんの近道です。
人事の立場から見たときの読み方
休日の寝坊が習慣になっている、という申告は、平日に不足が生じていることの間接的なサインとして読めます。本人が「土日に寝ているので大丈夫です」と説明する場合でも、平日側で何が起きているかを確認する余地があります。
3-5. 眠れないときの考え方
寝床に入っても眠れないまま長く過ごすと、「寝床=眠れない場所」という条件づけが起こり、かえって不眠が悪化することがあります。眠れないときは一度寝床を離れ、眠気を感じてから戻るほうが効果的とされています。
また、「◯時間眠らなければ」という思い込み自体がプレッシャーになることもあります。前章の内容と逆向きに見えますが、矛盾ではありません。不足を自覚できない人と、眠れないことを過度に気にする人は、別の集団です。前者には習慣の枠組みが、後者には「時間にこだわらない」という助言が、それぞれ有効になります。
ここから先は、生活習慣の話ではありません
数週間以上にわたって寝つけない・途中で目が覚める・熟睡感がないといった状態が続き、日中の生活に支障が出ている場合は、不眠症やその他の睡眠障害の可能性があります。この段階に至った従業員に、睡眠衛生の助言を重ねることは適切ではありません。産業医面談や医療機関への相談につなぐ場面です(第6章)。
4. 働き方の側で確認できること
睡眠衛生の習慣を整えても、そもそも寝床に入れる時刻が遅ければ、睡眠時間は確保できません。ここで働き方の話になります。
ただし、この関係は以前ほど単純ではなくなりました。先に、その点から整理します。
4-1. 労働時間と睡眠時間の連動は、弱まっている
睡眠ガイド2023は、国内の調査研究を引いて次のように記載しています。
1日当たりの労働時間が7時間以上9時間未満の人を基準とした場合、男性の場合は睡眠時間が6時間未満になるリスクは、労働時間が9時間以上の人は2.76倍、11時間以上の人は8.62倍に著しく増加することが報告されています。
原著は、日本の就労者を対象とした横断研究です(Ohtsu T ら、J Occup Health. 2013;55:307-311)。数字としては強い関連を示しています。
ただし、この研究は在宅勤務が一般化する前のものです。労働時間が延びれば、その分だけ帰宅が遅くなり、通勤時間を差し引いた残りが睡眠に充てられる ― という前提のうえに成り立っています。
在宅勤務が選べる職場では、この前提が崩れます。
- 通勤時間がないため、労働時間が長くても睡眠時間を確保できる場合があります。往復90分の通勤がなくなれば、同じ労働時間でも1時間半の差が生まれます
- 一方で、就業時間との境目が曖昧になりやすいという別の課題が生じます。深夜のメール対応が常態化していないか、勤怠に現れない時間外が生じていないか
- 3-1で触れたとおり、朝の光を浴びる機会が失われやすいという、時間とは別の経路もあります
したがって、「残業時間さえ減らせば睡眠は確保される」とも、「睡眠は本人の生活習慣の問題だ」とも言えません。労働時間は依然として重要な要因のひとつですが、単独で睡眠を説明する変数ではなくなっている、というのが現状の理解かと思われます。
4-2. 勤務間インターバルは「参考指標」として使う
退勤から翌日の始業までの時間を、勤務間インターバルと呼びます。制度としての導入は事業主の努力義務とされており(労働時間等の設定の改善に関する特別措置法第2条第1項)、確保すべき時間数が法令で定められているわけではありません。よく出てくる「11時間」も、助成金の要件などで用いられる区分のひとつです。
国内の調査では、インターバル11時間未満かつ睡眠6時間未満という群で、睡眠困難・メンタルヘルス不良・プレゼンティーイズムのいずれもオッズ比が最も高くなったと報告されています(Ikeda H ら、Int J Environ Res Public Health. 2022;19:11143、日勤者13,306名)。ただし、これも通勤を伴う勤務が中心であった時期の横断調査です。
実務上の位置づけとしては、次のようになります。
- 基準ではなく、目のつけどころとして使う。制度を導入していなくても、実績値は勤怠データから算出できます
- 見るのは部署平均ではなく、個人別の短い日がどれだけ繰り返されているか。単発か、連続かで意味が変わります
- 在宅勤務の日は、同じ時間数でも意味が異なります。通勤の有無を踏まえずに数字だけを比べると、判断を誤ります
なお、時間外・休日労働が月80時間を超え、疲労の蓄積が認められる労働者から申出があった場合には、医師による面接指導を行う義務があります(労働安全衛生法第66条の8、安衛則第52条の2)。労働時間の状況の把握自体も事業者の義務です(安衛法第66条の8の3)。数字を見ることは、それ自体が法定の手続きの入口でもあります。
4-3. 交代制勤務・深夜業がある場合
交代制勤務のある職場では、睡眠時間の長さだけでなく、眠る時刻が体内時計とずれることが問題になります。前章の睡眠衛生も、そのままの形では適用できません。
正直に申し上げると、勤務パターンが人によって異なるため、一般論として提示できる生活面の助言はほとんどありません。「夜勤前にこう仮眠する」「明けはこう過ごす」といった助言は、シフトの組み方と本人の生活状況を見なければ意味をなしません。個別の面談や保健指導で扱う領域と考えたほうが実用的かと思われます。
会社側で確認できるのは、勤務の組み方そのものです。深夜勤務の連続や、遅番の翌日が早番といった組み合わせが常態化している場合は、睡眠の問題である前に、シフト設計の問題として扱うことになります。
深夜業従事者の健康診断について
深夜業を含む業務に常時従事する労働者については、配置替えの際および6か月以内ごとに1回、定期に健康診断を行う義務があります(安衛則第45条)。また、深夜業に従事する労働者が自ら受けた健康診断の結果を事業者に提出できる制度もあります(安衛法第66条の2)。
ただし、実務的な期待は控えめに見ておくべきかと思われます。検査項目は通常の定期健康診断と大きく変わらず、半年ごとに実施したからといって、睡眠について新たに分かることはほとんどありません。問診の内容も実施機関が定めているもので、企業側で組み替えられる性質のものではありません。年2回の健診を、睡眠の状況を把握する手段として当て込まないほうがよいかと思われます。拾えるのは、次章の日常の観察のほうです。
5. 職場では、事例性の課題として現れる
産業保健では、職場で誰の目にも観察できる業務上の支障を「事例性の課題」と呼びます。病名や症状といった「疾病性」と対になる概念です。睡眠の問題は、次のような形で現れます。
| 現れ方 | 記録するときの書き方 |
|---|---|
| 会議中の居眠り、デスクでの寝落ち | 「◯月◯日の定例会議で15分ほど眠っていた」「今月3回目」 |
| 遅刻・始業直後の不在 | 「先月の遅刻2回、今月5回」「月曜に偏っている」 |
| 確認漏れ・手戻りの増加 | 「同種の入力ミスが2週間で4件」 |
| 処理速度の低下 | 「これまで半日で終えていた作業に丸1日かかっている」 |
| 午後の集中力低下 | 「午後の打ち合わせで話が入っていない様子が続く」 |
記録するときは、日付・観察した事実・回数だけを書きます。「睡眠不足と思われる」「やる気がない」といった解釈は混ぜません。解釈を書き込むと、事実のほうが上書きされてしまいます。この点はラインケアの記事で詳しく扱いました。
「居眠り」は、指導したうえで、繰り返されるなら背景を考える
会議中の居眠りは、業務上の支障であり、勤務態度の問題として指摘・指導すること自体は妥当です。事例性の課題として記録し、改めるよう伝える。ここを飛ばして「体調の問題かもしれないから」と指導を控えると、事実の確認そのものが曖昧になります。
問題になるのは、指導だけを繰り返す状態です。背景には睡眠不足のほか、睡眠時無呼吸症候群、薬剤の影響、その他の身体疾患などがあり得ます。指導しても改善しない、同じ事象が繰り返される。この時点で、疾病性の可能性を考えて産業医等につなぐ段階と判断してよいかと思われます。指導と、背景の確認は、どちらか一方ではありません。日中の眠気の背景については日中の眠気と血糖値でも扱っています。
5-1. 睡眠について尋ねることは、踏み込みではありません
記録と並行して、本人に直接尋ねてください。「よく眠れている?」で足ります。ラインケアの記事でも、上司に聴いてほしい項目のひとつとして睡眠を挙げています。
もう一歩踏み込めるなら、第2章で挙げた2つの聞き方がそのまま使えます。「だいたい何時から何時まで寝ている?」「夜中に目が覚めることはある?」。足りているかどうかを本人に評価させず、時刻と事実を答えてもらう形です。前者であれば、勤怠上の退勤時刻と突き合わせることもできます。
尋ねること自体をためらう必要はありません。私生活への踏み込みにあたるのは、病名や服薬内容を尋ねること、家庭や経済状況を掘り下げることです。眠れているかどうかの確認とは、性質が異なります。
返ってきた答えの読み方は、次のとおりです。
- 「寝つけない/途中で目が覚める/朝早く目が覚める」が2週間以上続いている ― 産業医等につなぐ判断を早めて構いません
- 「眠れています」「大丈夫です」 ― これで終わりにはしません。第2章のとおり、慢性的な不足は自覚されにくく、睡眠時無呼吸症候群では「眠れている」という自覚のほうが典型的です
- 「休日に寝だめしているので平気です」 ― 平日側で不足が生じていることの間接的なサインとして読めます(3-4)
つまり、「眠れている」という答えは安心材料にはなりませんが、聴く価値はあります。答えの内容そのものより、その後の経過を見る起点になるという意味があります。
5-2. 事例性で考えることの利点
事例性の課題で考えることの実務上の利点は、原因の帰属を決めないまま手が打てるところにあります。「睡眠不足だから業務を減らす」は、本人が否認すれば根拠ごと消えます。「直近1か月で確認漏れが6件あり、うち3件は同種のものだから業務量と分担を見直す」であれば、原因が睡眠にあってもなくても、根拠は揺らぎません。
6. 睡眠障害を考える場面 ― 睡眠時無呼吸症候群を中心に
睡眠衛生の習慣を整え、勤務の組み方も確認した。それでも日中の眠気や業務上の支障が続く。ここで初めて、睡眠そのものに問題がある可能性を考えることになります。
6-1. 「眠れている」と本人が思っている場合がある
睡眠ガイド2023は、閉塞性睡眠時無呼吸などについて次のように記載しています。
閉塞性睡眠時無呼吸や周期性四肢運動障害は、日中の眠気・居眠りや睡眠休養感の低下以外の自覚症状に乏しい
不眠であれば、本人は「眠れない」と訴えます。ところが睡眠時無呼吸症候群の場合、本人の自覚としては「眠れている」ことが珍しくありません。寝床にいる時間は足りているため、本人も周囲も睡眠の問題として認識しにくい構造になっています。第2章の論点が、別の形で現れる場面です。
疫学の総説では、国内の状況が次のように整理されています(佐藤誠「II.睡眠時無呼吸症候群(SAS)の疫学」日本内科学会雑誌 2020;109(6):1059-1065)。
- 中等症以上の成人の閉塞性睡眠時無呼吸の有病者数は900万人規模と推測される一方、治療を受けている患者は50万人に満たない
- 患者の約4割は肥満ではない
- 患者の約半数は日中の傾眠を自覚していない
- 基本症状は「いびき」であり、これが診療開始の契機となる
有病率の推計は、診断基準(無呼吸低呼吸指数の閾値)や対象集団によって大きく変わります。数字そのものより、「太っていないから」「本人が眠いと言っていないから」という理由で除外できないという点が、実務上の要点かと思われます。
6-2. 2026年6月から「睡眠障害」を診療科名に掲げられるようになりました
医療法施行令の改正により、2026年(令和8年)6月1日から、「睡眠障害」が広告可能な診療科名として使えるようになりました。感染症・腫瘍・糖尿病・アレルギー疾患に続く、疾病・病態を表す用語としての追加です。
実務上の注意点として、「睡眠障害科」のように単独で掲げることはできません。「睡眠障害内科」「精神科(睡眠障害)」のように、内科・精神科などの診療科名と組み合わせて標榜する仕組みです。
従業員に受診を勧める立場からすると、「どこにかかればよいか」が探しやすくなったという意味があります。これまでは、いびきや日中の眠気を相談する先が呼吸器内科なのか耳鼻咽喉科なのか精神科なのか、本人には分かりにくい状況でした。ただし、掲げるかどうかは各医療機関の任意であり、標榜のない医療機関でも診療は行われています。「睡眠障害」の標榜がないことは、その医療機関で扱えないことを意味しません。受診先を提案する際は、その点を添えておくと本人が選びやすくなります。
6-3. 受診勧奨と受診命令 ― 順序があります
いきなり命令の話にはなりません。まず勧奨し、応じない場合に命令を検討するという順序です。
① 受診勧奨 ― まずこちら
- 根拠は、観察されている事例性の課題に置きます。「不調そうだから」ではなく、「この支障がこれだけ続いているから、背景に治療で改善しうるものがないか確認してほしい」という立て方です
- 受診先は提案して構いません。いびきや日中の眠気であれば、どの診療科にかかるかが本人には分かりにくいところです。近隣の医療機関を挙げることも、情報提供として差し支えありません。強制はしない、というだけです
- 初回で断られても、打ち切りません。間隔を置いて状況確認を繰り返します。次に話す日を、その場で決めてしまうのが確実です
② 受診命令 ― 応じない場合に検討する
- 就業規則に受診に関する定めがあれば、それを根拠に受診を命じ得ます。最高裁も、就業規則の定めに基づく受診命令の効力を認めた例があります(電電公社帯広局事件・最判昭和61年3月13日)。定めがある場合、会社が指定する医師への受診を求めることも可能と解されています。
- 就業規則に定めがない場合でも、合理的な理由があれば受診を命じ得るとした裁判例があります(京セラ事件・東京高判昭和61年11月13日)。ただし高裁の判断であり、そのまま一般化することには注意が必要です。
- 就業規則は、命令の根拠であると同時に、面談での説明材料でもあります。「規則にこう書いてある」と示すこと自体が、本人が受診を選びやすくする材料になります
- 状況が悪化していく場合には、勧奨の度合いを段階的に強めていくことになります
なお、勧奨・命令のいずれの場合でも、受診費用・診断書料は本人負担が原則です(医療の範疇にあたるため)。会社負担とする場合は全額とし、健康保険の枠組みからは外して扱うことになります。
あわせて、切り分けておきたい論点がひとつあります。健康診断で「いびきの指摘があった」といった結果が出ていることだけを理由に、受診を命じるのは別の話です。二次検査の受診に法的な義務はなく、健診結果に基づく保健指導は事業者の努力義務とされています(安衛法第66条の7)。根拠として使えるのは、健診の結果そのものではなく、職場で観察されている業務上の支障のほうです。
疾病性の判断は、人事・上司が主体的に行わない
日中の眠気という見え方の背景には、まったく異なる状態が並んでいます。睡眠不足、睡眠時無呼吸症候群、うつ病、薬剤の影響、内分泌疾患など、医師でも初診で確定できるとは限りません。
上司・人事の役割は、産業医等を窓口として使うことです。本人が来なくても構いません。上司や人事が先に産業医に相談することは可能で、「この様子はどのくらい急ぐか」「どう声をかけるべきか」を聞くだけで、次の一手が具体的になります。産業医等が健康相談に適切に対応するための体制整備は、事業者の努力義務とされています(安衛法第13条の3)。
7. 制度側は、睡眠を独立した項目として扱い始めている
健康経営の文脈でも、睡眠の位置づけが直近で変わりました。
- 令和7年度の健康経営度調査までは、睡眠は「従業員の生産性低下防止への施策」という設問の中の一項目でした
- 令和8年度調査では「睡眠の質向上に向けた取組」が独立した設問に格上げされています(大規模法人部門)
- 経済財政運営と改革の基本方針2026(原案)にも「睡眠対策を含む健康経営の推進」が明記されました
- 令和7年度の大規模法人部門の集計(回答4,175件)では、仮眠室の設置が60.8%である一方、仮眠制度の導入は5.1%にとどまります。設備はあるが、使ってよい時間は決まっていないという状態がうかがえます
設備投資や睡眠アプリの導入には費用がかかります。一方、本記事の第3章で挙げた睡眠衛生の内容は、衛生委員会の議題や社内報として扱うのであれば費用が要りません。取り組みとして先に着手できるのは、こちらのほうかと思われます。
健康経営における生産性指標の扱いについては、プレゼンティーイズムと事例性の課題で詳しく扱いました。
よくある理解の整理
| よく聞かれる理解 | 実際のところ |
|---|---|
| 必要な睡眠時間には個人差があるので、自分は短時間でも足りている | 個人差があること自体はそのとおりです。ただし睡眠ガイド2023は「おおよそ6〜8時間が適正」「少なくとも6時間以上」としており、6時間は下限として置かれた値です。6時間睡眠を2週間続けた群でも成績は徹夜1晩相当まで低下しており(Van Dongen ら, 2003)、「短時間でも平気」という自己評価は、それ自体が当てになりません。 |
| 本人が「大丈夫」と言っているので、睡眠は足りているはずだ | 慢性的な睡眠不足では、成績が低下しても主観的な眠気はわずかしか増えないことが報告されています(Van Dongen ら, 2003)。自己申告は入口として使い、判断は事例性の課題の側で行うのが安全です。 |
| 残業時間を減らせば、睡眠時間は確保される | 労働時間は重要な要因のひとつですが、在宅勤務が定着したことで、通勤時間を前提とした従来の関係はそのままには当てはまらなくなっています。労働時間が長くても睡眠が確保できている人も、短くても確保できていない人もいます。 |
| 睡眠は私生活の問題なので、会社が関与する範囲ではない | 寝床に入れる時刻には、勤務の組み方が影響します。労働時間の状況の把握は事業者の義務でもあります(安衛法第66条の8の3)。加えて、睡眠衛生の情報提供は衛生委員会や社内報で扱える範囲の取り組みです。 |
| 寝酒は寝つきを良くするので、飲んで寝ればよい | 寝つきは良くなるように感じても、夜間の中途覚醒が増え、睡眠の質は低下します。本人は「よく眠れている」と感じていることが多く、自覚と実態がずれやすい典型例です。 |
| 平日の不足は、休日の寝だめで取り戻せる | ある程度は和らぎますが、完全には取り戻せません。起床時刻が2〜3時間以上ずれると社会的時差ぼけが生じ、かえってリズムを崩します。休日の寝坊が習慣化している場合は、平日側の確認が必要です。 |
| 睡眠のことを尋ねるのは、私生活への踏み込みになる | 「よく眠れている?」と尋ねることは、上司に聴いてほしい項目のひとつです。踏み込みにあたるのは、病名・服薬内容・主治医の見解を尋ねること、家庭や経済状況を掘り下げることです。 |
| 会議中の居眠りは、勤務態度の問題だ | 業務上の支障である以上、指摘・指導すること自体は妥当です。問題になるのは指導だけを繰り返す状態で、改善しない・繰り返されるという時点で、疾病性の可能性を考えて産業医等につなぐ段階と判断してよいかと思われます。指導と背景の確認は、どちらか一方ではありません。 |
| 睡眠時無呼吸症候群は、太っていて、いびきがうるさくて、日中眠そうな人の病気だ | 国内の総説では、患者の約4割は肥満ではなく、約半数は日中の傾眠を自覚していないと整理されています(佐藤, 2020)。見た目や本人の自覚で除外することはできません。 |
| 勤務間インターバルは11時間確保しなければ違法だ | 制度としての導入は努力義務であり(労働時間等設定改善法第2条第1項)、確保すべき時間数が法令で定められているわけではありません。基準としてではなく、目のつけどころとして使うのが実際的です。 |
まとめ/よくある質問
- 睡眠ガイド2023は「おおよそ6〜8時間が適正」「少なくとも6時間以上」としています。6時間は下限であって、目標ではありません。まとまった時間として確保されているかも見ます。
- 6時間睡眠を2週間続けた群も、徹夜1晩相当の水準まで成績が低下しました。そして、慢性的に不足している人ほど自覚が鈍っています。自己申告だけでは判断できません。
- だからこそ、睡眠衛生の習慣が意味を持ちます。眠気の自覚に関係なく実行できる行動として整えます。
- 起床時刻を揃える、朝に光を浴びる、寝酒をしない、寝だめより不足をためない。ここまでは費用をかけずに扱えます。
- 労働時間との連動は、在宅勤務の定着により以前ほど単純ではありません。勤務間インターバルは基準ではなく参考指標として使います。
- 職場で観察できるのは事例性の課題です。日付・事実・回数で記録し、解釈は混ぜません。あわせて「よく眠れている?」と直接尋ねます。尋ねること自体は踏み込みではありません。
- 習慣を整えても支障が残る場合は、睡眠障害の可能性を考えます。睡眠時無呼吸症候群は「眠れている」と本人が思っている場合があります。
- 受診は、まず勧奨です。応じない場合には、就業規則の定めを根拠に命じ得ます(電電公社帯広局事件)。根拠は健診結果ではなく、観察されている業務上の支障の側に置きます。
Q1. 衛生委員会で睡眠を取り上げたいのですが、何から始めればよいですか。
本記事の第3章をそのまま議題にできる内容として書いています。とくに起床時刻を揃えること、寝酒が逆効果であること、寝だめの限界の3点は、誤解が残りやすく、伝える価値があります。費用もかかりません。そのうえで、日中の眠気が続く方の相談先(産業医面談)を併せて周知しておくと、次の段階につながります。
Q2. 上司が部下に睡眠のことを尋ねるのは、私生活への踏み込みになりませんか。
尋ねてください。むしろ、尋ねないほうが問題です。「よく眠れている?」という程度で十分で、これはラインケアで上司に聴いてほしい項目のひとつとして挙げているものです。もう一歩踏み込むなら、「だいたい何時から何時まで寝ている?」「夜中に目が覚めることはある?」と、時刻と事実で答えられる形にします。入眠困難・中途覚醒・早朝覚醒が2週間以上続いているという答えが返ってきたら、産業医等につなぐ判断を早めて構いません。
私生活への踏み込みにあたるのは、病名・服薬内容・主治医の見解を尋ねること、家庭や経済状況を掘り下げることです。眠れているかどうかを尋ねることとは、性質が異なります。
なお、面談で聴くことと、組織として収集・保管することは扱いが分かれます。健診の問診票や全社アンケートで睡眠の状況を集める場合は、利用目的と取扱いの範囲を明示したうえで行ってください(安衛法第104条、労働者の心身の状態に関する情報の適正な取扱い指針)。勤怠データから算出できる労働時間や勤務間インターバルは業務情報であり、これとも扱いが異なります。
Q3. 睡眠アプリや睡眠計測デバイスの導入を検討しています。どう考えればよいですか。
導入自体を否定するものではありませんが、測定して分かるのは「足りていない」という結果であって、その原因ではありません。第3章の内容を周知することと、勤務の組み方を確認することは、費用をかけずに先行できます。また、取得したデータを誰がどこまで見るのかを、導入前に決めて周知する必要があります。
Q4. 会議中の居眠りが目立つ社員がいます。どう声をかければよいですか。
評価や叱責ではなく、観察した事実を伝えるところから始めるのが安全です。「今月3回、会議中に眠っている場面があった」という形です。そのうえで、業務量や勤務時間の話と、体調の話の両方を開いておきます。「だいたい何時から何時まで寝ている?」「夜中に目が覚めることはある?」と直接尋ねて構いません。「足りている?」と評価を求めるより、時刻と事実で答えられる形のほうが、実態に近い答えが返ってきます。本人が受診や面談を渋る場合でも、上司・人事が先に産業医へ相談することは可能です。
Q5. 睡眠時無呼吸症候群の検査を、会社の費用で全社員に実施すべきでしょうか。
一律実施が必要かどうかは、業務内容と規模によります。まずは、事例性の課題が観察されている方や、健診の問診で日中の眠気・いびきの指摘がある方について、産業医面談を経て検討する流れが現実的かと思われます。費用負担の考え方(本人負担が原則か、会社負担とするか)は、実施前に決めておくことをおすすめします。
免責事項
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案に対する医学的判断・法的助言を行うものではありません。引用した研究はいずれも一定の集団・条件下で得られた知見であり、個々の労働者にそのまま当てはまるものではありません。法令・指針および健康経営度調査の内容は改正されることがあります。実際の対応にあたっては、貴社の産業医、顧問弁護士、社会保険労務士等にご相談ください。睡眠の悩みが続く場合や治療中の方は、医療機関にご相談ください。
参考法令・指針・資料
【法令】労働安全衛生法第13条の3、第66条の2、第66条の7、第66条の8、第66条の8の3、第104条/労働安全衛生規則第45条、第52条の2/労働時間等の設定の改善に関する特別措置法第2条第1項/医療法施行令第3条の2(令和8年6月1日施行の改正)
【判例】電電公社帯広局事件(最判昭和61年3月13日)/京セラ事件(東京高判昭和61年11月13日。高裁判断であり、射程には注意を要します)
【指針・ガイド】「健康づくりのための睡眠ガイド2023」(厚生労働省、2024年公表)/「労働者の心身の状態に関する情報の適正な取扱いのために事業者が講ずべき措置に関する指針」(平成30年9月7日公示第1号、令和4年3月31日改正)
【制度資料】経済産業省「第6回 健康経営推進検討会」事務局資料および参考資料1-3(令和8年度健康経営度調査票(素案))、2026年7月14日
【文献】Van Dongen HPA, Maislin G, Mullington JM, Dinges DF. The cumulative cost of additional wakefulness: dose-response effects on neurobehavioral functions and sleep physiology from chronic sleep restriction and total sleep deprivation. Sleep. 2003;26(2):117-126./Ohtsu T, Kaneita Y, Aritake S, et al. A cross-sectional study of the association between working hours and sleep duration among the Japanese working population. J Occup Health. 2013;55(4):307-311./Ikeda H, Kubo T, Sasaki T, et al. The joint association of daily rest periods and sleep duration with worker health and productivity: a cross-sectional web survey of Japanese daytime workers. Int J Environ Res Public Health. 2022;19(17):11143./佐藤誠「II.睡眠時無呼吸症候群(SAS)の疫学」日本内科学会雑誌 2020;109(6):1059-1065.
