産業医の選任について

この記事の要点

  • 2026年8月1日から、産業医の辞任・解任・退任があった場合も労働基準監督署への報告が義務化される(従来は「選任」のみ)
  • 産業医の契約形態は大きく「直接契約」「仲介会社経由」「法人(健診機関等)との契約」の3つ。どれが優れているという話ではなく、自社の体制と相性の問題
  • 企業が産業医に本当に必要とするのは、定型業務よりも対応困難事例での判断とコンフリクトの調整。ここは医師によって差が出る領域であり、資格や診療科からは判別できない
  • 仲介会社の強み(データ一元管理/保健師体制/面談システム/EAP連携)も一様ではない。契約形態そのものより、これら2点のほうが実務への影響は大きい
  • 今回の改正で「産業医の交代」が行政に可視化されるため、契約形態を選ぶ際は継続性と交代のしやすさを意識しておくと実務が安定する

1.2026年8月1日、何が変わるのか

常時50人以上の労働者を使用する事業場には、産業医の選任義務があります(労働安全衛生法第13条、労働安全衛生法施行令第5条)。選任すべき事由が発生した日から14日以内に選任し、所轄労働基準監督署長へ選任報告(様式第3号)を提出する、というのが従来の流れでした。

2026年8月1日以降は、これに辞任・解任・退任の報告が加わります。

これまで、常時50人以上の労働者を使用する事業場は、産業医を選任した場合、その旨を報告する必要があるとされていましたが、この規定が改正され、令和8年8月1日以降、選任の場合に加え、辞任、解任又は退任の場合にも必要となります。 (厚生労働省 都道府県労働局)

報告方法は電子申請が原則ですが、当分の間は書面による報告も可能とされています。

実務上、何が変わるか

これまでは、産業医が交代した際、後任の選任報告のなかで前任者の情報を処理する運用が一般的でした。改正後は、前任者の離任が単独で報告対象になります

つまり、「前任の契約が切れたが後任が決まっていない」という空白期間が、行政から見える状態になります。選任義務違反そのものには労働安全衛生法第120条により50万円以下の罰金が定められていますが、より現実的な影響は、産業医不在の期間を作らない体制をあらかじめ組んでおく必要性が高まるという点です。

そしてこの「体制」は、どの契約形態を採っているかによって、実際の動き方が変わります。


2.産業医の契約形態は3種類

(1)直接契約(個人の産業医・産業医事務所との業務委託)

企業が産業医個人(またはその産業医が代表を務める法人)と直接、業務委託契約を結ぶ形です。報酬は企業から産業医へ直接支払われます。

なお、直接契約には業務委託のほかに「雇用契約」もありますが、常時1,000人以上の事業場や、有害業務に常時500人以上が従事する事業場で必要となる専属産業医を除けば、実務上は業務委託が中心です。

(2)仲介会社・紹介会社を経由した契約

産業医紹介サービスを提供する事業者が、企業と産業医の間に入る形です。企業は仲介会社と契約し、仲介会社が産業医を手配します。契約書の作成、日程調整、報酬支払い、稼働報告の管理などを仲介会社が担うのが一般的です。

(3)健診機関・医療法人等との法人契約

健診機関や医療法人が窓口となり、所属する医師を産業医として派遣する形です。健康診断業務とセットで契約されることが多くあります。

以下では、企業からの相談が特に多い(1)と(2)を比較します。


3.直接契約と仲介会社経由の比較

探す段階

直接契約 仲介会社経由
候補の見つけ方 自社で探す、紹介、医師会経由など 条件を伝えれば候補が提示される
事前の見極め 面談で本人と直接話せる 会社が条件に合う医師をマッチング
かかる時間 探索に時間がかかることがある 短期間で候補が揃いやすい

初めて産業医を選任する企業にとって、「どう探せばいいか分からない」は現実的な障壁です。ここは仲介会社の機能がはっきり効く場面です。候補の母数、地域カバー、条件変更への対応力は、個人では持ちにくいリソースです。

一方、直接契約では契約前に医師本人と話せることが多く、専門領域や面談スタイル、対応方針を事前に確認したうえで判断できます。

契約後の運用

直接契約 仲介会社経由
事務手続き 企業と産業医で調整 契約書・支払い・稼働報告を会社が管理
業務範囲の変更 産業医と直接相談して調整 契約内容に沿って、会社経由で調整
日程調整 企業と産業医で直接 会社が調整を代行することが多い
窓口 産業医本人 担当者(産業医とは別)

※労働基準監督署への選任報告・辞任等報告は事業者の義務であり、いずれの形態でも企業側で行います

労務担当が兼任で人手が薄い企業では、日程調整と稼働管理を外部化できる価値が大きいです。訪問のたびに医師と日程をやり取りする手間がなくなるだけでも、実務の負担は変わります。

逆に、産業保健の運用が固まってきて「衛生委員会の運営方法を変えたい」「復職支援のフローを一緒に設計したい」といった段階に入ると、産業医と直接やり取りできることの意味が増します。伝言を経由しないぶん、認識のずれが起きにくいためです。

継続性と交代(2026年8月改正で重要度が上がる部分)

ここが、今回の法改正と直接つながります。

仲介会社経由の強みは、バックアップ体制です。産業医が急に対応できなくなった場合でも、会社が代替の医師を手配できるため、空白期間が生じにくい。改正後の実務では、この機動力は明確な利点です。

直接契約の強みは、そもそも交代が起きにくいことです。企業と医師の関係が直接であるため、双方の都合が合う限り継続します。従業員の健康情報や職場の事情を長く把握している産業医は、面談や就業判定の質に影響します。

裏返すと、それぞれのリスクも見えます。

  • 仲介会社経由:会社側の都合(担当医師の稼働調整など)で産業医が交代する可能性がある。企業がコントロールしづらい
  • 直接契約:その医師が対応できなくなった場合、代わりを企業が自力で探す必要がある

どちらのリスクを許容しやすいかは、企業によって異なります。

費用

報酬水準の目安としては、各地の医師会が公表している基準額が参考になります。ただし地域差が大きい点に注意が必要です。

愛知県医師会 産業保健部会「嘱託産業医報酬の目安」(基本月額報酬)

従業員数 報酬月額 従業員数 報酬月額
100人以下 50,000円〜 401〜500人 110,000円〜
101〜200人 65,000円〜 501〜600人 125,000円〜
201〜300人 80,000円〜 601〜700人 140,000円〜
301〜400人 95,000円〜 701〜800人 155,000円〜

※ストレスチェック対応時の報酬を含まない。交通費は実費を別途支給

日本橋医師会 産業保健部委員会「産業医報酬基準額」(平成28年4月)

労働者数 基本報酬月額
50人未満 75,000円〜
50〜199人 100,000円〜
200〜399人 150,000円〜
400〜599人 200,000円〜

※ストレスチェック・健康診断・予防接種等の費用を含まない

同じ100人規模でも、愛知県医師会の目安では5万円台から、東京都心部(日本橋医師会)では10万円からと、2倍近い開きがあります。都市部・地方、訪問頻度、有害業務の有無、産業医の専門性(労働衛生コンサルタント資格の有無など)によって、実際の金額はさらに変動します。

なお日本橋医師会の基準は平成28年(2016年)公表のもので、現在の水準はこれより上振れしている可能性があります。「相場」として一つの数字を出すことにはあまり意味がなく、自社の地域・規模・依頼内容に照らして見積もりを取るのが現実的です。

契約形態による費用の考え方は次のとおりです。

  • 直接契約:報酬が産業医に直接支払われる。金額の内訳が把握しやすい
  • 仲介会社経由:契約書作成、日程調整、稼働報告の管理、交代対応といったサービスが料金に含まれる。その分の費用が乗るのは、提供されている機能を考えれば当然

「直接契約なら安い」という比較は正確ではありません。仲介会社が担っている事務工数を、直接契約では企業側が負担することになるためです。自社にその工数を吸収する余力があるかどうかが判断材料になります。


4.比較の前に押さえておきたい2つの前提

ここまで「直接契約」と「仲介会社経由」を対比してきましたが、実務上はこの二分法だけでは判断できない要素が2つあります。契約形態を検討する企業には、こちらのほうが重要かもしれません。

前提1:産業医の多くは、臨床医との兼業である

産業医資格を持つ医師の多くは、普段は臨床医として診療にあたっており、産業医活動は非常勤で行っています。これは制度の前提であり、それ自体が問題なのではありません。臨床経験が豊富な医師の視点は、疾病を抱えた従業員の就業判定などで大きな強みになります。

ただし結果として、産業保健への関与度、対応スピード、経験の蓄積には相当な幅があります

そして、企業から産業医への相談が集中するのは、月次訪問や法定書類の確認といった定型業務ではありません。判断が割れる事例です。

  • 主治医の診断書は「復職可」だが、職場の実態を見る限り業務遂行が難しい
  • 本人は復職を強く希望しているが、再休職のリスクが高いと考えられる
  • 休職と復職を繰り返しており、次にどう対応すべきか判断がつかない
  • 体調不良の申告とハラスメントの訴えが同時に出ている
  • 本人が受診も面談も拒否しているが、周囲は業務への影響を訴えている
  • 疾病による能力低下と、人事評価上のパフォーマンス不良の切り分けがつかない

こうした場面で産業医に求められるのは、診断でも治療でもありません。本人・主治医・人事・現場の上司という、利害の一致しない関係者の間に立って、どこかで線を引くことです。そして、その判断を後から検証に耐える形で記録に残すこと。就業に関する産業医の意見は、安全配慮義務(労働契約法第5条)が争点となった場面で重要な資料となり得ます。

この種の判断力は、臨床経験の長さだけでは蓄積されません。労働法令と社内規程、休職・復職制度の設計、組織内の力学を同時に見る必要があるためです。「対応困難事例に答えを出せるか」は、産業医資格の有無や診療科からは判別できませんし、面談件数の多さとも必ずしも一致しません。

だからこそ、契約形態による構造的な違いが効いてきます。

  • 仲介会社経由:どの医師が担当になるかは会社のマッチングに委ねられるため、この多様性を受け入れることが前提になります。企業側が医師を指名的に選ぶことは、通常は難しい
  • 直接契約:その医師を選んで契約する構造なので、事前に見極められます。裏を返せば、見極める責任も企業側にあります

いずれの場合も有効なのは、契約前・着任時に具体的な事例を投げて反応を見ることです。「主治医が復職可としているが職場では難しいと考えている場合、どう進めますか」といった問いに、判断の道筋(誰にどの情報を確認し、何を根拠に、どこまでを意見書に書くか)まで含めて答えられるかどうか。抽象的な方針論ではなく、手順として説明できるかが一つの目安になります。

あわせて、訪問時間外の相談に応じてもらえるか、主治医との連携が必要になった場合にどう動くかも確認しておくとよいでしょう。こうした点は法令で定まっているわけではなく、個々の医師や契約内容によって異なります

前提2:「仲介会社経由」は一枚岩ではない

仲介会社をひとまとめに評価することにも、あまり意味がありません。各社が持つ強みは明確に分かれています。

特性 内容
健診・産業保健データの一元管理 健康診断の受診管理から事後措置、面談記録、ストレスチェックまでを自社システム上で一気通貫に扱える
保健師・看護職の体制 自社に産業保健職が在籍し、産業医の訪問と訪問の間を実務で補完する
面談システム 自社システム上でWeb面談が完結し、人事労務担当者が日程調整に入らなくて済む
EAP・外部相談窓口との連携 カウンセリングなど、産業医の守備範囲外をサービスとして併せて提供する
事務・稼働管理の範囲 契約書、日程調整、稼働報告、請求までをどこまで巻き取るか

このうち何が自社にとって重要かは、状況によって変わります。健診の受診勧奨と事後措置の管理に工数を取られている企業にとってはデータ一元管理の仕組みの価値が高く、メンタル不調者への対応が課題になっている企業にとってはEAP連携や保健師の体制が効いてきます。拠点が分散していて日程調整が負担になっている企業なら、Web面談が完結するシステムが実質的な解決になります。

一方で、基本的な事務対応の品質にばらつきがあるのも実情です。契約更新の案内、稼働報告のフォーマット整備、請求処理といった部分の運用は、会社によって差があります。

なお、労働基準監督署への選任報告・辞任等報告は事業者の義務であり、仲介会社が代行するものではありません。この手続きは契約形態にかかわらず企業側で行う必要があります。2026年8月以降は辞任・解任・退任も報告対象となるため、社内の担当を決めておいてください。

仲介会社を検討する際の確認事項

  • 担当産業医が対応できなくなった場合、後任手配までの標準的な所要期間は
  • 産業保健職(保健師・看護師)の関与はあるか。ある場合の業務範囲は
  • 面談日程の調整は誰が行うか。Web面談に対応しているか
  • 健診データや面談記録をどう管理するか。自社の既存の仕組みと二重管理にならないか
  • 契約に含まれる業務と、追加費用が発生する業務の線引き

最後の1点を除き、これらは直接契約を検討する場合にも、そのまま産業医本人への確認事項になります。


5.選び方フローチャート

上から順に、自社の状況に当てはまるほうを辿ってください。

★ここにフローチャート画像を挿入(貼り付け後、この行を削除)★

STEP 1|社内に実務を回せる人はいるか

  • いない・兼任で手一杯 → STEP 2|どの仲介会社か → 【仲介会社経由】(課題に合う特性で選ぶ)
  • 専任担当がいる → STEP 3|期待する役割は
    • 法定業務中心 → STEP 4へ
    • 対応困難事例も → STEP 4へ(直接契約が有利)
  • STEP 4|避けたい交代リスクは
    • 不在期間を回避したい → 【仲介会社経由】
    • 担当交代を回避したい → 【直接契約】

STEP 1|社内に、産業保健の実務を回せる人はいるか

回答 次に進む先
いない/他業務と兼任で手一杯 STEP 2へ(仲介会社経由を軸に、どの会社かを選ぶ)
専任の労務担当がいる/産業保健の運用経験がある STEP 3へ(両方が選択肢)

STEP 2|どの仲介会社を選ぶか(担当者が不足している場合)

社内に実務を回せる人がいない状況では、仲介会社経由が現実的な選択になります。ここから先は「どちらの契約形態か」ではなく、どの仲介会社かが実質的な判断です。自社のボトルネックに合った特性を持つ会社を選んでください。

ボトルネック 相性のよい仲介会社の特性
面談・訪問の日程調整に手が取られている Web面談が自社システム上で完結する会社(担当者が調整に入らずに済む)
健診の受診管理・事後措置が回っていない 健診と産業保健データを一元管理できる会社(二重入力が消える)
メンタル不調者・休職者への対応が課題 保健師等の産業保健職が在籍する会社/EAP連携がある会社
まずは法定要件を確実に満たしたい 訪問手配と稼働管理が安定している会社(コスト重視の選択も可)
拠点が複数あり、地域ごとに医師が必要 対応エリアの広い会社

→ ここで検討は完了です。最後に「形態を問わず必須」の2点をご確認ください


STEP 3|産業医に期待する役割はどちらに近いか(専任担当がいる場合)

期待する役割 判断
法定業務が中心(月次訪問、衛生委員会への出席、健診の事後措置、長時間労働者面接) どちらでも対応可能 → STEP 4へ
対応困難事例の判断まで求めたい(復職可否の判断が割れる事例、休復職を繰り返す従業員、ハラスメント申告と体調不良が絡む事例、休職規程や復職フローの設計) 直接契約が有利。前提1のとおり、この領域は医師によって差が出ます。事前に判断の道筋を確認できる形が向く → STEP 4で最終確認

※ただし、保健師等の産業保健職が体制として組み込まれている仲介サービスであれば、後者にも対応できる場合があります


STEP 4|産業医が交代するリスク、どちらを避けたいか(STEP 3から)

2026年8月の改正で、産業医の在任状況が行政に可視化されます。最後にここを決めてください。

避けたいリスク 適した形
産業医が不在になる期間を作りたくない 仲介会社経由。代替医師の手配体制があるため空白が生じにくい
担当医師がころころ変わるのを避けたい 直接契約。企業と医師の直接の関係なので、双方の都合が合う限り継続する。長期の困難事例では、経緯を把握している医師がいることの意味が大きい

【形態を問わず必須】契約書で確認する2点

どの形を選んだ場合でも、以下は契約前に必ず確認してください。

  1. 契約終了の予告期間が定められているか(例:3か月前通知)。後任を探す時間を確保するためです
  2. 選任報告・辞任等報告の社内担当を決めているか。これは事業者の義務であり、仲介会社に委ねることはできません

ここが曖昧なまま突然の離任が起きると、報告義務の履行と後任選任が同時に発生し、対応が間に合わなくなります。


6.まとめ

産業医の契約形態に「正解」はありません。事務リソース、産業保健に期待する役割、リスク許容度の組み合わせで、適した形が変わります。

  • 仲介会社経由:事務負担を抑えたい、初めて選任する、バックアップ体制を重視する企業に適する。ただし各社の強みと代行範囲の差が大きいため、会社選びが実質的な産業医選びになる
  • 直接契約:医師個人との継続的な関係を重視し、産業保健の運用を自社で設計していきたい企業に適する。医師を見極める責任は企業側にある

そして、どちらの形を採るにせよ、実際の産業保健活動の質を左右するのは担当する産業医が自社にどこまで関与できるかです。契約形態は、その関与のしかたを決める枠組みにすぎません。

2026年8月1日の改正は、産業医の在任状況が行政に可視化される変更です。これを機に、現在の契約書を一度確認し、終了条件と交代時の手順を明確にしておくことをお勧めします。


当事務所について

BHB株式会社は、独立系の産業医事務所として企業と直接契約を結び、産業医業務を受託しています。仲介会社を経由したご依頼にも対応しており、いずれの形でもご相談を承っています。

「直接契約と仲介経由、自社はどちらが合うか」といったご相談段階のお問い合わせも歓迎です。契約形態にかかわらず、貴社の状況に応じた整理をお手伝いします。

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出典・参考

※本記事は2026年7月時点の法令に基づいて作成しています。個別の事案における就業判定や法的判断については、所轄労働基準監督署または専門家にご確認ください。

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