プレゼンティーイズム
その生産性低下は、健康問題ですか ― プレゼンティーイズムと事例性の課題【産業医が解説】
結論から申し上げます。プレゼンティーイズムは、「健康上の問題によって」生産性が低下している状況として定義されています。原因の帰属が、定義に最初から組み込まれています。そして尺度が測っているのは本人の主観です。主観の平均値は、その部署に課題があることを直接には示しません。職場で確かに観察できるのは、事例性の課題と、勤怠・労働時間のほうです。
この記事の要点
- 定義そのものが、原因を健康に指定しています。経済産業省の健康経営度調査票は、プレゼンティーイズムを「出勤はしているものの、健康上の問題によって完全な業務パフォーマンスが出せない状況」と定義しています。業務量や人員配置が原因の低下は、この言葉の外に置かれます。
- 主観の平均は、部署の課題を直接示しません。これはプレゼンティーイズムのスコアだけでなく、ストレスチェックの集団分析にも同じく当てはまります。仮説の入口としては使えますが、就業上の措置の根拠にはなりません。
- 主観を経由しない材料は、事例性の課題と勤怠・労働時間です。有給取得率や健診受診率を生産性に紐づけようとすると、解釈が飛びます。
- 睡眠は、業務側の要因が健康問題に変わる経路です。長時間労働が睡眠時間を削り、それがパフォーマンスを落とし、さらに残業が増える。ここだけは業務の是正と健康側の対応の両方が必要になります。
- 事例性の課題への対応が原則ですが、治療が優先される場合はあります。ただし疾病性(医学的な事柄)の判断を、人事や上司が主体的に行うことは推奨できません。産業医等を窓口として使ってください。
目次
1. プレゼンティーイズムとは何を指す言葉か
健康経営の文脈で、この数年よく見かける言葉です。まず、制度側がこの言葉をどう定義しているかを確認します。経済産業省の令和8年度健康経営度調査票では、次のように記載されています。
| 指標 | 調査票の定義 |
|---|---|
| アブセンティーイズム | 傷病による欠勤 |
| プレゼンティーイズム | 出勤はしているものの、健康上の問題によって完全な業務パフォーマンスが出せない状況 |
| ワーク・エンゲイジメント | 仕事に対する活力・熱意・没頭 |
ここで一度、「健康上の問題によって」という限定に目を留めてください。この記事の後半で繰り返し戻ってくる論点です。
1-1. 制度上、どこまで求められているのか
これらの指標の測定方法および開示は、令和5年度(2023年度)実施の調査から、健康経営銘柄および大規模法人部門「ホワイト500」の要件となりました。すでに3年ほど運用されています。
ただし、要件の中身は正確に読む必要があります。令和8年度調査票の該当設問には、次のように書かれています。
abcいずれかについて、直近の実績値および具体的な測定基準を開示し、その開示URLを回答していることがホワイト500の認定要件となります。
3指標すべてではなく、いずれか1つで足ります。ワーク・エンゲイジメントだけでも要件は満たせる建て付けです。また、測定の有無を尋ねる設問には「特に測定していない」という選択肢があり、測定方法を尋ねる設問には「当設問は評価に一切使用しません」と明記されています。
そして中小規模法人部門の認定申請書には、これらの測定・開示を直接求める設問は見当たりません。健康経営優良法人の認定を目指していない企業であれば、なおさら測定を急ぐ理由はないことになります。
1-2. 「大規模法人部門」は、思ったより小さい
ひとつ注意点があります。健康経営優良法人の申請区分でいう「大規模法人」は、いわゆる大企業のイメージよりかなり小さい規模から該当します。区分は業種ごとに定められています。
| 業種・法人分類 | 大規模法人部門に該当する規模 |
|---|---|
| 小売業 | 従業員51人以上 |
| 卸売業 | 従業員101人以上 |
| サービス業 | 従業員101人以上 |
| 医療法人・社会福祉法人・保険者等 | 従業員101人以上 |
| 製造業その他 | 従業員301人以上 |
小売業であれば51人から大規模法人部門です。「自社は中小のつもりだったが、申請区分では大規模法人部門だった」ということは珍しくありません。認定の取得を検討されている場合は、まず自社の区分をご確認ください。
2. よく引かれる数字は、それぞれ何を測った研究か
この話題では、決まって2つの数字が引用されます。「健康関連コストの6割はプレゼンティーイズム」と、「健康投資は1ドルにつき約3ドル返ってくる」です。
経営層に説明する立場の方は、この2つの出どころを押さえておいたほうが安全かと思われます。並べて引用されることが多いのですが、別の研究であり、測っているものが違います。
2-1. 「コストの6割」の出どころ
Goetzel らが2004年に発表した研究です(J Occup Environ Med. 2004;46(4):398-412)。米国の医療・欠勤・短期障害の請求データベースから374,799人・3年分(1997〜1999年)を用い、これに複数疾患を扱った既発表の生産性調査5本を組み合わせて、10の健康状態について費用を推計したものです。
結果は、次のようになっています。2列あることに注目してください。
| 健康状態 | 平均推計 | 下限推計 |
|---|---|---|
| 片頭痛・頭痛 | 89% | 49% |
| アレルギー | 82% | 55% |
| 関節炎 | 77% | 35% |
| うつ・気分の落ち込み・精神疾患 | 71% | 27% |
| 高血圧 | 63% | 9% |
| がん | 53% | 6% |
| 心疾患 | 19% | 0% |
| 10疾患の平均 | 61% | 18% |
日本の資料でよく引かれる「6割」は、左の列(平均推計)の値です。用いる推計を変えると18%になります。原著は「約5分の1から約5分の3」と表現しています。
重要なのは、この幅の大きさを、原著自身が問題として論じている点です。
原著の記述(抜粋・拙訳)
・このばらつきの大きさは、全体像を掴もうとするとき、いささか困惑させるものである
・現在、尺度間でプレゼンティーイズムの評価方法にはほとんど統一性がない
・健康が欠勤・障害・生産性損失に与える影響についての研究は、まだ揺籃期にある
抄録の結びも「個々のデータの解釈には注意を要する」という趣旨で締められています。数字を出した本人が、慎重な扱いを求めているわけです。
もう一点、構造上の注意があります。この研究が示したのは「10の疾患それぞれについて、その疾患に関連する費用のうちプレゼンティーイズムが占める割合」であって、企業全体の健康関連総コストの内訳ではありません。
2-2. 「1ドルで3ドル」の出どころ
こちらは、ジョンソン・エンド・ジョンソンの健康増進プログラムを評価した研究です(Henke ら、Health Aff. 2011;30(3):490-499)。2002年から2008年の期間について、比較対象16社の従業員とのあいだで傾向スコアマッチングを行い、それぞれ31,823人を比較しています。
医療費の年平均伸び率が比較群より3.7ポイント低く、従業員1人当たり年間565ドル(2009年ドル換算)の節減。プログラム費用の見積もりに応じて、投資1ドルあたり1.88ドルから3.92ドルという数字が示されています。
ただし、この研究が測ったのは医療費と薬剤費です。プレゼンティーイズムは測定していません。同論文が引用する別のメタ分析(Baicker ら、2010年)の「1ドルにつき3.27ドル」も医療費の節減額であり、あわせて言及されているのは欠勤の削減効果のほうです。
この2つを並べると、どちらの研究も言っていない主張ができあがります。
「健康施策に投資すれば、プレゼンティーイズムが下がって3倍返ってくる」――こう説明してしまうと、後から根拠を問われたときに苦しくなります。なお、両方の研究に Goetzel 氏が著者として入っているため、混同が起きやすい事情もあります。
2-3. 国内のデータ
日本では、健康関連総コストの内訳をプレゼンティズム76.8%・アブセンティズム2.6%・医療費18.4%とする推計がよく引用されます(厚生労働科学研究・分担研究報告書、2018年)。1人当たり年間平均で約63万円という試算です。
こちらも、母集団を添えて使うのが安全です。対象は国内1病院の在籍者2,425人で、女性が70.2%を占めます。測定にはWHO-HPQ日本語版が用いられています。業種構成の異なる企業にそのまま当てはめる根拠にはなりにくいかと思われます。
これは研究を批判しているのではありません。経済産業省自身も、健康経営推進検討会の資料のなかで、企業の開示状況について「プレゼンティーズム等の人材に関するインパクト指標は、定義・測定方法にばらつきが見られる」と整理しています。調査対象101社のうち84社が生産性指標を開示しているものの、定義が揃っていないため比較に使いにくい、という現状認識です。原著の警告と、制度側の現状認識は一致しています。
3. 主観の尺度が測っているもの、測っていないもの
3-1. 原因の帰属は、設問が決めている
健康経営度調査票は、プレゼンティーイズムの測定尺度として8つの選択肢を挙げています。WHO-HPQ、SPQ(東大1項目版)、WLQ、WFun、QQmethod、WPAI、委託先独自の指標、自社独自の指標です。
このうち、回答負担が小さいことから採用されやすいSPQについて、調査票には測定方法がこう記載されています。
損失率=100%-回答値
回答値:病気やけががない時に発揮できる仕事の出来を100%として、過去4週間の自身の仕事を評価したスコア(%)
この設問が比較対象として置いているのは、「病気やけががない時の自分」だけです。
ここに、業務量が倍になった自分も、欠員の補充がないまま3人分を担っている自分も、新しい基幹システムにまだ慣れていない自分も登場しません。それらの理由でパフォーマンスが落ちていると感じている人も、回答するときにはこの枠に押し込むことになります。
つまり、回答者が「原因は健康にある」と判断したのではなく、設問がその枠しか用意していないわけです。スコアが下がったことは、健康問題があることの証拠にはなりません。
産業医面談の場で実際に多いのは、両方が絡んでいるケースです。業務量の増加が不調を招き、不調がさらに処理速度を落とし、遅れを取り戻すためにまた業務時間が延びる。どちらが先だったのかは、その時点では決められないことのほうが多いという印象です。
3-2. 主観の平均は、部署の課題を直接示さない
この論点は、プレゼンティーイズムに限りません。ストレスチェックの集団分析にも、同じ構造の限界があります。
集団分析が示すのは、その部署の従業員が回答した主観の平均値です。ここから読み取れることには、いくつか制約があります。
- 平均は、個々の事情を打ち消し合います。全員が中程度の部署と、極端な2群が混在している部署が、同じ平均値になり得ます。手を打つべき対象は、まったく違います。
- その一方で、少数の極端な回答には引きずられます。とくに小規模な部署では、1人か2人の回答が平均を大きく動かします。打ち消し合うことと、引きずられること。平均値には両方の弱点があります。
- 回答者の基準は揃っていません。自分に厳しく評価する人と、そうでない人の回答が、同じ尺度で足し合わされます。
- 回答していない人は、数字に入りません。受検率が低い部署ほど、実態から離れる可能性があります。
結果として、スコアが低いことは、その部署に課題があることを直接には意味しません。逆に、スコアが平常の範囲にありながら、締切超過や当日欠勤が積み上がっている部署もあります。
では、集団分析は無意味なのか
そうではありません。仮説の入口としては十分に使えます。「まずこの部署を見に行こう」という優先順位づけには足ります。産業医の職場巡視や面談枠の配分を決める材料としても有効です。
ただし、根拠にはなりません。業務量の調整や人員配置の変更を、平均値だけを理由に決めるのは筋が良くないかと思われます。見に行った先で確認すべきものが、次章の内容です。
なお念のため申し添えますと、ストレスチェックの実施は事業者の義務であり(安衛法第66条の10)、集団ごとの分析とその活用は努力義務とされています(安衛則第52条の14)。実施しなくてよいという趣旨ではありません。位置づけの話をしています。
常時50人未満の事業場については、現在は努力義務にとどまりますが、令和7年(2025年)の労働安全衛生法改正により、2028年4月1日から義務化されます。これまで実施してこなかった規模の企業にとっては、集団分析をどう位置づけるかを考える機会が、数年のうちに訪れることになります。
4. では何を見るか ― 事例性の課題と、業務側の要因
4-1. 事例性の課題(観察できるもの)
産業保健では、職場で誰の目にも観察できる業務上の支障を「事例性の課題」と呼びます。病名や症状といった「疾病性」と対になる概念です。
- 締切超過の件数と、その推移
- 確認漏れ・手戻りの発生
- 遅刻・早退・当日欠勤の頻度
- 報告が来なくなる、会議で発言しなくなる
- これまで問題なくできていた作業に、倍の時間がかかる
記録するときは、日付・観察した事実・回数だけを書きます。「うつ状態と思われる」「改善傾向にある」といった解釈は混ぜません。解釈を書き込むと、事実のほうが上書きされてしまいます。詳しくはラインケアの記事で扱いました。
事例性の課題で考えることの実務上の利点は、原因の帰属を決めないまま手が打てるところにあります。「不調だから業務を減らす」は、不調の評価が変われば根拠ごと消えます。「直近2か月で締切超過が7件あるから業務量を調整する」であれば、原因が健康にあっても業務側にあっても、根拠は揺らぎません。
4-2. 主観を経由しないデータは、勤怠と労働時間
アンケートを経由せずに把握できる客観データは、実質のところこの2つです。しかも、労働時間の状況の把握は事業者の義務とされています(安衛法第66条の8の3)。すでに手元にあるはずのデータです。
| 見るもの | 観点 |
|---|---|
| 時間外労働 | 部署の平均ではなく、分布と偏りを見ます。平均は正常でも、特定の数名に集中していることがあります。 |
| 深夜・休日勤務 | 頻度と、連続しているかどうか。 |
| 勤務間インターバル | 退勤から翌日の始業までの時間。制度としての導入は努力義務であり(労働時間等設定改善法第2条第1項)、確保すべき時間数が法令で定められているわけではありません。導入していなくても、実績値は勤怠から算出できます。 |
| 連続勤務日数 | 週をまたぐ連続勤務が発生していないか。 |
| 遅刻・当日欠勤 | 頻度と、曜日の偏り。 |
なお、時間外・休日労働が月80時間を超え、疲労の蓄積が認められる労働者から申出があった場合には、医師による面接指導を行う義務があります(安衛法第66条の8、安衛則第52条の2)。数字を見ることは、それ自体が法定の手続きの入口でもあります。
なぜ、他の指標を並べないのか
有給休暇の取得率:部署差は出ますが、健康課題よりも本人の志向や職場の慣習の影響が大きく現れます。生産性の指標としては弱いと考えています。
健診受診率・ストレスチェック受検率:未受診・未受検の偏りは気になる情報ではありますが、これを生産性と結びつけようとすると解釈が飛びます。
指標の数を増やすことと、判断の精度が上がることは別です。因果でないものを因果として扱うと、後で説明がつかなくなります。並べるより、勤怠と労働時間を丁寧に見るほうが得るものが多いかと思われます。
4-3. 生産性が落ちている部署で、先に確認する業務側の要因
「あの部署の生産性が落ちている」という相談を受けたとき、私が最初に確認するのは業務側です。順に挙げます。
- 業務量の変化 ― 受注量、案件の性質の変化、繁忙期のずれ
- 人員の変化 ― 欠員の未補充、退職、異動、新人比率の上昇
- 管理職の交代 ― 指示系統や意思決定の速度が変わっていないか
- 業務プロセス・システムの変更 ― 新しい仕組みの導入直後に落ちること自体は、異常ではありません
- 会議・報告の増加 ― 可処分時間が削られていることは自覚されにくいものです
- 労働時間 ― 4-2のとおり
これらを確認したうえでなお残るものが、健康に帰属しうる部分です。
順序が逆になると、どうなるか。業務側を確認しないまま健康施策を打つと、施策は当然ながら効きません。そして「従業員の健康意識が低い」という結論に落ち着き、翌年も同じ数字が出ます。これは何度か見てきた経過です。
加えて、業務側の要因には別の利点があります。人事や管理職が、自分たちで動かせる変数だという点です。健康行動の変容を待つより、手が届きます。
5. 睡眠 ― 業務側の要因が健康問題に変わる経路
ここまで「業務側か、健康側か」という切り分けで書いてきました。その二分法が最も崩れるのが、睡眠です。
長時間労働・深夜勤務
↓
睡眠時間が削られる
↓
日中のパフォーマンスが落ちる
↓
遅れを取り戻すために業務時間が延びる
↓
さらに睡眠時間が削られる
出発点は業務側の要因ですが、途中から健康の問題に変わります。そして循環します。この経路では、業務の是正だけでも、健康側の対応だけでも足りません。
厚生労働省の「健康づくりのための睡眠ガイド2023」は、成人について6時間以上を目安に睡眠時間を確保することを推奨しています。退勤から翌日の始業までの時間から、通勤・食事・入浴を差し引いた残りが、睡眠に充てられる時間です。この計算を一度してみると、これが時間の話であることがはっきりします。
勤務間インターバルは「11時間」でなければならない、というものではありません。この数字は助成金の要件などで用いられる区分のひとつで、確保すべき時間数が法令で定められているわけではありません。必要な時間は働き方によって変わります。
とくに在宅勤務では通勤時間が発生しないため、同じインターバルでも睡眠に充てられる時間は長くなります。一方で、在宅勤務には別の課題があります。始業直前まで、また終業直後から私生活の時間になるため、就業時間との境目が曖昧になりやすいという点です。深夜のメール対応が常態化していないか、勤怠に現れない時間外が生じていないか。出社勤務とは別の観点で確認する必要があります。
5-1. 制度側も、睡眠を特別に扱い始めている
健康経営度調査での位置づけが、直近で変わりました。
- 令和7年度調査までは、睡眠は「従業員の生産性低下防止への施策」という設問の中の一項目でした(肩こり・腰痛、飲酒、花粉症、眼精疲労などと並ぶ扱い)
- 令和8年度調査では「睡眠の質向上に向けた取組」が独立した設問に格上げされています(大規模法人部門)
- 経済財政運営と改革の基本方針2026(原案)にも「睡眠対策を含む健康経営の推進」が明記されました
- 2026年6月から、医療機関が「睡眠障害」を診療科名として掲げられるようになりました。診療科として認識されることで、受診のハードルが下がることが期待されています
大規模法人部門の令和7年度の集計(回答4,175件)では、取組の実施状況は次のようになっています。
| 取組 | 実施割合 |
|---|---|
| 仮眠室の設置 | 60.8% |
| 睡眠関連指導の導入 | 47.1% |
| 睡眠改善アプリの導入 | 39.6% |
| 仮眠制度の導入 | 5.1% |
仮眠室を設けている企業が6割ある一方で、仮眠を制度として導入している企業は5.1%です。設備はあるが、使ってよい時間は決まっていないという状態が広く存在することがうかがえます。
5-2. 中小企業でも取り組めること
仮眠室の設置やアプリの導入は費用を伴います。一方、業務側の是正には設備投資が要りません。
- 退勤から翌日の始業までの時間を、勤怠データから算出してみる
- 深夜勤務が連続している人がいないかを確認する
- 時間外労働の偏りを是正する(部署平均ではなく、個人別に見る)
- 交代制勤務がある場合、シフトの組み方を見直す余地がないか検討する
これらを整えたうえで、なお日中の眠気やパフォーマンスの低下が続く場合には、睡眠そのものに問題がある可能性を考えることになります。ただし、その先は次章の話です。睡眠の詳細については睡眠衛生、日中の眠気の背景については日中の眠気と血糖値で扱っています。
6. 事例性が原則、しかし治療が優先される場合がある
ここまで、事例性の課題と業務側の要因を軸に書いてきました。ただし、「健康の話は一切しなくてよい」という意味ではありません。そこは切り分けておく必要があります。
6-1. 原則
就業上の措置の根拠は、事例性の課題の側に置きます。「不調に伴うものだから」ではなく、「観察されている業務上の支障がこれだけあるから」です。この根拠の立て方であれば、後から医学的な評価が変わっても揺らぎません。
6-2. それでも、治療が優先される場合
次のような状況では、業務調整を続けるだけでは適切とは言えません。
- 業務量を調整しても、支障が改善しない
- 支障の内容が、業務側の要因では説明がつかない
- 前章のような、治療で改善しうる状態が背景にある可能性がある
- 安全に関わる業務で、判断力や注意力の低下がうかがわれる
業務側だけを調整し続けることは、本人にとっても会社にとっても不利益になり得ます。改善する見込みのある状態を放置することになるからです。
6-3. ただし、誰が判断するか
疾病性の判断を、人事や上司が主体的に行うことは推奨できません。これはラインケアの記事で述べた立場と同じです。
理由は2つあります。ひとつは役割分担の問題であり、もうひとつは見立てそのものが外れるからです。日中の眠気や集中力の低下という見え方の背景には、まったく異なる状態が並んでいます。医師でも初診で確定できるとは限りません。
人事・上司がやること
① 産業医等を窓口として使う
相談先を伝え、本人の同意を得て人事につなぐところまでが上司の役割です。日程の確保や制度の説明は人事が担います。
② 本人が来なくても、先に相談してよい
最も使われていない手です。上司や人事が単独で産業医に相談することは可能で、「この様子はどのくらい急ぐか」「どう声をかけるべきか」を先に聞くだけで、次の一手が具体的になります。産業医等が健康相談に適切に対応するための体制整備は、事業者の努力義務とされています(安衛法第13条の3)。
③ 受診の後押しはするが、期間の見立てはしない
受診や面談を促すことは上司・人事の仕事に入ります。ただし「◯か月休めば戻れる」まで踏み込むのは別の話です。休養の要否と期間は医学的な判断になります。
なお、産業医面談で解決が約束されるわけではありません。得られるのは、就業上の措置の方向性が明確になることと、会社と本人が同じ材料をもとに次の手順を決められることです。
6-4. 健診の有所見とは、切り分ける
ここで一点、混同されやすい論点に触れておきます。健康診断の有所見それ自体は、受診命令の対象になじみません。二次検査の受診に法的な義務はなく、健診結果に基づく保健指導は事業者の努力義務とされています(安衛法第66条の7)。
生産性の話と健診の有所見を直結させると、この区別が曖昧になります。詳しくは社員への受診命令および就業判定で扱いました。
7. それでもプレゼンティーイズムを測るなら、決めておくこと
ここまで、測定を急ぐ必要はないという趣旨で書いてきました。ただし、認定要件への対応や経営層からの指示で、プレゼンティーイズムの測定を実施することになる場合もあります。その際に、調査を始める前に決めておいたほうがよい事項を挙げます。
- 尺度を固定する。途中で変えると経年比較ができません。開示にあたっては測定基準も求められます。
- 利用目的と開示範囲を、測定の前に決めて周知する。健康情報等の取扱規程に位置づけてください(安衛法第104条、労働者の心身の状態に関する情報の適正な取扱い指針)。
- 法定の保護の枠組みの外にあることを認識する。ストレスチェックの個人結果には、本人の同意なく事業者が取得できないという保護があります(安衛法第66条の10第2項)。プレゼンティーイズム調査は任意の調査であり、この枠組みの外です。だからこそ、取扱いを先に決めておく必要があります。
- 集計の最小人数を決める。少人数の部署では個人が特定されます。
- 個人のスコアを、面談の呼び出しや就業上の措置の根拠にしない。根拠は事例性の課題の側に置きます。任意の調査を目的外に使うことになりかねません。
よくある理解の整理
| よく聞かれる理解 | 実際のところ |
|---|---|
| 健康に問題があるから、生産性が低下している | 「健康上の問題によって」という限定は、指標の定義に含まれているものであって、観察された事実ではありません。業務量、人員の欠員、システムの変更といった業務側の要因を先に確認してください。 |
| ストレスチェックの集団分析を見れば、どの部署に課題があるか分かる | 示されるのは主観の平均値です。平均は個々の事情を打ち消し合う一方で、少数の極端な回答には引きずられます。小規模な部署ではとくに動きやすく、回答していない人は数字に含まれません。見に行く部署を決める材料にはなりますが、措置の根拠にはなりません。 |
| 有給取得率や健診受診率も、生産性の指標として使える | 本人の志向や職場の運用の影響が大きく現れます。生産性に紐づけようとすると解釈が飛びます。指標の数を増やしても、判断の精度は上がりません。 |
| プレゼンティーイズムの測定でスコアが低かった人は、産業医面談に呼ぶべきだ | スコアは本人の自己申告であり、低いことが不調を意味するとは限りません。加えて、任意の調査で得た回答を呼び出しの根拠に使うことは、目的外の利用になりかねません。呼び出しの根拠は、観察されている事例性の課題の側に置いてください。 |
| 健康関連コストの6割はプレゼンティーイズムだと聞いたので、プレゼンティーイズムだけ改善すればよい | まず数字について。原著は平均推計61%・下限推計18%という幅を示しており、原著自身がこのばらつきを問題として論じています。示されたのも疾患ごとの費用内訳であって、企業全体のコスト構成ではありません。 そのうえで、プレゼンティーイズムはそれ自体を直接動かせる対象ではありません。スコアの背景には健康の問題も業務側の要因も含まれており、後者を放置したまま数字だけを追うと、施策は空回りします。 |
| 従業員数が少ないので、中小規模法人部門にあたる | 申請区分は業種ごとに定められています。小売業は51人以上で大規模法人部門です。 |
まとめ/よくある質問
- プレゼンティーイズムは「健康上の問題によって」生産性が低下している状況と定義されています。原因の帰属が定義に含まれています。
- 尺度が測っているのは本人の主観です。SPQの設問は「病気やけががない時の自分」としか比較させません。
- 主観の平均は、部署に課題があることを直接示しません。ストレスチェックの集団分析も同じです。仮説の入口にはなりますが、根拠にはなりません。
- 確かに観察できるのは、事例性の課題と、勤怠・労働時間です。指標を増やすことと精度が上がることは別です。
- 生産性が落ちている部署では、業務量・人員・管理職の交代・システム変更・会議の増加・労働時間を先に確認します。
- 睡眠は、業務側の要因が健康問題に変わる経路です。ここは業務の是正と健康側の対応の両方が必要になります。
- 事例性の課題への対応が原則ですが、治療が優先される場合はあります。疾病性の判断は産業医等に委ねてください。
Q1. 認定の取得は考えていません。それでもプレゼンティーイズムを測るべきでしょうか。
測らなければならない理由は、現時点では見当たりません。中小規模法人部門の申請書にも、測定・開示を直接求める設問はありません。測定に費用と手間をかける前に、すでに手元にある勤怠と労働時間のデータを部署別・個人別に見るほうが、得るものが多いかと思われます。
Q2. 経営層から「他社もやっているから測れ」と言われています。どう説明すればよいですか。
測ること自体に反対する必要はありません。ただし、測った数字をどう使うのかを先に決めておくことをおすすめします。本記事の第7章に挙げた5点です。とくに、個人のスコアを面談の呼び出しや就業上の措置の根拠にしないという点は、測定を始める前に合意しておいたほうが安全です。
Q3. ストレスチェックの集団分析で、あきらかに数値の悪い部署があります。何から手をつければよいですか。
その部署を見に行く優先順位は上がります。ただし、数値そのものを理由に業務量を変えるのではなく、まず業務側の要因(第4章)を確認してください。そのうえで、事例性の課題が実際に生じているかを、勤怠と業務の状況から確かめることになります。数値が悪いのに事例性の課題が見当たらない場合もありますし、その逆もあります。
Q4. 測定したスコアを、産業医に共有してもよいですか。
集計値であれば差し支えないと考えます。ただし個人のスコアについては、任意の調査であることから、利用目的の範囲を確認したうえでご相談ください。産業医の側でも、事例性の課題と勤怠の情報が併せてあるほうが、意見を述べやすくなります。
免責事項
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案に対する医学的判断・法的助言を行うものではありません。法令・指針および健康経営度調査の内容は改正されることがあります。本記事で引用した令和8年度健康経営度調査票は検討会に提出された素案の段階のものであり、確定版とは異なる可能性があります。実際の対応にあたっては、貴社の産業医、顧問弁護士、社会保険労務士等にご相談ください。
参考法令・指針・資料
【法令】労働安全衛生法第13条の3、第66条の7、第66条の8、第66条の8の3、第66条の10、第104条/労働安全衛生規則第52条の2、第52条の14/労働時間等の設定の改善に関する特別措置法第2条第1項
【指針】「労働者の心身の状態に関する情報の適正な取扱いのために事業者が講ずべき措置に関する指針」(平成30年9月7日公示第1号、令和4年3月31日改正)/「健康づくりのための睡眠ガイド2023」(厚生労働省)
【制度資料】経済産業省「第6回 健康経営推進検討会」事務局資料および参考資料1-3(令和8年度健康経営度調査票(素案))、2026年7月14日/経済産業省「健康経営銘柄2027」・「健康経営優良法人2027」申請受付開始について、2026年8月17日/健康経営優良法人認定制度 申請区分
【文献】Goetzel RZ, Long SR, Ozminkowski RJ, Hawkins K, Wang S, Lynch W. Health, absence, disability, and presenteeism cost estimates of certain physical and mental health conditions affecting U.S. employers. J Occup Environ Med. 2004;46(4):398-412./Henke RM, Goetzel RZ, McHugh J, Isaac F. Recent experience in health promotion at Johnson & Johnson: lower health spending, strong return on investment. Health Aff. 2011;30(3):490-499./Baicker K, Cutler D, Song Z. Workplace wellness programs can generate savings. Health Aff. 2010;29(2):304-311./津野陽子ほか「健康リスクと生産性の関連性の検討」厚生労働科学研究費補助金 分担研究報告書、2018年
