遅刻・欠勤の取り扱い
遅刻・欠勤が多い社員に、会社は何から始めるか【産業医が解説】
遅刻・欠勤は、それ自体がすでに「事例性の課題」です。原因が健康にあるのか、生活習慣にあるのか、業務にあるのかを突き止めなくても、事実を記録して就業規則を当てはめるところまでは、今日から進められます。ただし、背景に不調が疑われ得る場合に、そのまま懲戒へ進む経路だけは避ける必要があります。最高裁がこの点を判断した例があります。
モデルケースとして、架空の事例を取り上げます
入社5年目の社員。会社はコアタイムのあるフレックスタイム制を採用しており、10時までの出社が必要です。半年ほど前から、月に2〜3回、30分から1時間程度の遅刻が続いています。午後から出勤する日もあります。
上司が確認すると、「その日は少し体調が良くなかったので。今は大丈夫です」との回答でした。仕事はできるタイプで、周囲からの評価も高い社員です。
診断書は出ていません。本人からの申し出もありません。
この記事の要点
- 遅刻・欠勤は、すでに事例性の課題として目の前にあります。診断がつくのを待たずに手が打てる、というのが事例性の課題として捉えることの利点です。
- 記録の基準は、自己申告ではなく打刻などの客観記録に置きます。日々の打刻をしないこと自体にも、改善を求めます。
- 当日連絡のない欠勤を、有給休暇扱いにする社員は多くいます。有給として処理すると連絡の有無が見えなくなるため、この点は別項目として残す必要があります。
- 指摘の閾値に法定の基準はありません。回数だけでなく、遅れの程度と、半年前からの変化を併せて見ます。会社としての目安は決めておきます。
- 成果が出ている社員ほど、指摘が先送りされます。これは本人の問題ではなく構造の問題で、社内の取扱いに差があることは、後の処分の相当性に影響しうるかと思われます。
- 背景に精神的な不調が疑われ得るとき、そのまま懲戒に進むのは適切でないとされています(日本ヒューレット・パッカード事件・最判平成24年4月27日)。
目次
1. まず、事例性の課題として記録する
先に、この事例で実際に何をするかをお示しします。そのうえで、なぜそういう順序になるのかを、以降で順に説明します。
このモデルケースで、会社がすること
- 打刻データを出力し、事前連絡の有無を書き足す。(→1-1、1-2)
- 急な欠勤がないか、休暇の頻度も確認する。事前連絡のなかった欠勤が有給で申請されていることも見逃さないように。(→1-3)
- 評価の話と切り離して、遅刻の事実(事例性の課題)を指摘する。「仕事の評価は変わりません。そのうえで、出社時刻について確認させてください」。成果が出ている社員ほど、ここが先送りされますが、やるべきです。
- 柔和な姿勢から開始する。本事例では継続期間が長いため、次のような伝え方から入ります。
「会社としては改善の必要があると考えており、改善しない場合は厳しい対応をしなければならなくなる。今後も期待している人材なので、できればそのような事態は避けたいので協力してほしい」(→第2章) - 体調不良が背景にあると申告しているので、医療機関への受診や産業医面談を推奨する。本人が拒否的であれば、人事から産業医に相談します。(→第4章)
- 「本人が大丈夫と言ったから」で終わらせない。間隔を置いて繰り返し指摘し、理由はどうあれ原則的に「事例性の課題」の改善が必要である旨を説明します。状況の改善がなければ懲戒対応等を進めることを通知します。(→第2章、第5章)
大切なのは放置しないこと、状況聴取や本人への配慮を欠くべきではないですが社内の規則遵守も同様に重要であること、そして懲戒等の厳しい対応は段階を追って行うことです。
1-1. 遅刻・欠勤は、すでに事例性の課題です
産業保健では、職場で誰の目にも観察できる業務上の支障を「事例性の課題」と呼びます。病名や症状といった「疾病性」と対になる概念です。この点はラインケアの記事で詳しく扱いました。
遅刻・欠勤は、事例性の課題のうち最も記録しやすい形です。日付も時刻も残り、解釈を挟む余地がありません。「様子がおかしい」「元気がない」といった観察に比べれば、はるかに扱いやすい情報です。
そして、事例性の課題として捉えることの実務上の利点は、診断がつくのを待たずに手が打てるところにあります。
- 「不調だから配慮する」は、一見正しいようですが注意が必要です。診断書に一律に従うことも、他の社員との公平性や社内秩序の観点から問題となりやすく、漫然と配慮を継続することになりがちです。
- 「直近半年で10時以降の出社が15回あるから、事実確認をする」は、背景に何があっても揺らぎません
当てはめる先も、最初からあります。就業規則には、始業及び終業の時刻を記載しなければならないとされています(労働基準法第89条第1号)。
遅刻・当日欠勤が起きた日には、打刻の記録に加えて次の4点を残してください。
| 残す項目 | なぜ書くか |
|---|---|
| 所定始業から何分遅れたか | 「よく遅刻する」では、後から誰も判断できません。5分なのか2時間なのかで、意味はまったく異なります。 |
| 事前連絡の有無・時刻・方法 | 連絡できているかどうかは、本人の状態を映します。それまでできていた連絡が途絶えるという変化は、回数の増加より重い情報です。 |
| 本人の説明 | 要約せず、本人の言葉のまま書きます。要約には解釈が入ります。「体調不良とのこと」ではなく「『その日は少し体調が良くなかった。今は大丈夫』との回答」と残します。 |
| 業務への影響 | 会議の欠席、締切の超過、他の人が代わりに対応した業務など。支障の内容を具体的に。 |
「やる気がない」「たぶんうつ」といった解釈は書きません。解釈を書き込むと、事実のほうが上書きされてしまいます。
1-2. 記録の基準は、申告ではなく客観記録に置く
勤怠入力は、全員が毎日行うのが本来の運用です。日々の打刻をしていないこと自体が、遅刻・欠勤とは別に、改善を求める対象になります。
そのうえで、記録を判断材料として使うには、基準を自己申告ではなく客観記録の側に置きます。上司が各自の出社時刻を毎日細かく確認できるわけではなく、在宅勤務の日はなおさら見えないためです。記録の設計としては、次の5点が要点になります。
勤怠記録の設計 ― 5つの要点
- 打刻(またはシステムへのログイン記録等)を正とする。自己申告による上書きを許しません。「申告がないから遅刻はなかった」ではなく、打刻が10時以降なら遅刻として拾います
- 入力は当日中。期限後の入力は事後修正として扱い、理由入力を必須にし、修正履歴を残す。修正できないようにするのではなく、修正した事実が残るようにする、というのが要点です
- 在宅勤務でも、始業・終業の打刻は必須とする。所在の監視ではなく、記録の一貫性のためです。出社日と在宅日で記録の質が変わると、そこが抜け道になります
- 上司の承認は週次で行う。月次承認では、1か月分をまとめて承認する瞬間に事実が丸まります。1か月前の個々の日の事情を正確に思い出すのは、上司にとっても本人にとっても難しいものです
- 月次で、遅刻回数・当日欠勤回数・事前連絡のない欠勤の回数を集計する。回数だけでなく、遅れの程度も併せて見ます
1-3. 有給休暇の事後申請をどう扱うか
当日連絡のない欠勤を、後から年次有給休暇として申請する社員は多くいます。事後の振替を認めるかどうかは会社が決めることですが、認める場合には注意点があります。
- 有給として処理された時点で、勤怠データ上は計画的な休暇と区別がつかなくなります
- 人事が後から半年分を振り返っても、当日連絡のない欠勤が何回あったのかが分からなくなります
したがって、有給の申請とは別項目として、当日の連絡の有無を残す必要があります。運用としては、事後振替の申請欄に「当日連絡の有無」のチェックを設ける、あるいは上司の週次承認時に記録する、といった形になります。
産業医の立場から見たときの読み方
見ているのは、連絡の有無だけではありません。有給か欠勤かを問わず、短期間に休みが集中していること自体が、シグナルになります。年次有給休暇の付与要件である全労働日の8割以上の出勤(労働基準法第39条第1項)は、最低限の目安として使えます。
なお、法定の出勤率の計算では、年次有給休暇を取得した日は出勤したものとして扱われます。ここで目安として用いる場合は、有給で処理されたものの、本来は欠勤として扱うべきだった日も含めて数えるという点で、法定の計算とは異なる扱いをしています。
そのうえで、有給で処理した瞬間に「当日連絡がなかった」という情報が消えてしまう設計は避けたいということです。休みの多さと、連絡の有無。この2つは別の軸であり、どちらも見ておく必要があります。
2. どの程度から指摘するか、成果が出ている社員をどうするか
2-1. 閾値に、法定の基準はありません
何回から指摘すべきかを定めた法令はなく、裁判例も回数で線を引いてはいません。見るのは回数だけではなく、次の3つを併せて見ることになります。
- 回数 ― 月に何回、直近半年で何回か
- 程度 ― 5分の遅れが続いているのか、午後からの出勤が混じるのか
- 変化 ― 半年前と比べて増えているか、連絡の仕方が変わっていないか
そのうえで、会社としての運用上の目安を決めておくことをおすすめします。たとえば「月に2回以上が2か月続いたら、上司が事実確認をする」といった形です。これは例示であって、法的根拠のある数字ではありません。それでも、決めておくこと自体が、指摘のしやすさを作ります。目安がないと、指摘するかどうかが担当者の判断に委ねられ、人によって扱いが変わってしまいます。
なお、事前連絡のない欠勤があったときに上司が状況確認をするのは、目安以前の通常の対応です。勤怠管理という以前に、安否の確認という意味があります。
もうひとつ、押さえておきたい区別があります。「指摘」と「懲戒」は別のものです。最初の一歩は事実確認であって、処分ではありません。ここが混同されると、「処分するほどではないから、何も言わない」という判断になりがちです。
2-2. 成果が出ている社員ほど、指摘が先送りされます
これは本人の問題ではなく、構造の問題です。
- 評価が高い社員に勤怠の話をすると、関係が悪くなるのではないかという懸念が働きます
- 「本人が大丈夫と言っているのだから」と、確認が一度で終わります
- 結果として、記録も残りません
先送りのコストは、2つあります。
① 他の勤怠不良の事例に波及します
同じ行動をした別の社員に対して、後から重い処分を検討したときに、社内での取扱いの差が、処分の相当性の判断に影響しうるかと思われます。
高知放送事件(最判昭和52年1月31日)では、宿直勤務中の寝過ごしにより2度の放送事故を起こしたアナウンサーに対する普通解雇が争われました。最高裁は、同じ第二事故に関わったファックス担当者が「けん責処分に処せられたにすぎないこと」を含めて総合考慮し、本件解雇は「いささか苛酷にすぎ、合理性を欠くうらみなしとせず」として、解雇を無効とした原審の判断を是認しています。この事案で比べられたのは同じ事故に関わった者同士の処分であり、時期の異なる別々の事案ではありません。ただ、処分の均衡が相当性の判断要素になることは示されています。
② 本人にとっても、背景に不調があった場合の発見が遅れます
半年続いている変化は、それ自体が情報です。指摘しないことは、配慮ではありません。
実務上は、評価と勤怠を分けて伝えるのが現実的です。「仕事の評価は変わりません。そのうえで、出社時刻について確認させてください」という形になります。
これは、成果を出している人を罰する話ではありません。指摘しないことが、将来の選択肢を狭めるという話です。記録がなければ、後から就業上の措置を検討することも、産業医につなぐことも難しくなります。
3. 懲戒の取り扱い ― 手を止めるべき場面
はじめに、この章の位置づけを申し上げます。懲戒処分の可否や内容の判断は、弁護士等の専門家の領域です。ここで扱うのは、産業保健の側から見て「ここで手を止めたほうがよい」と言える場面に限ります。
3-1. 前提となる枠組み
懲戒処分には、就業規則に定めがあり、かつ労働者に周知されていることが前提になります。フジ興産事件(最判平成15年10月10日)は、就業規則が法的規範としての性質を有するものとして拘束力を生ずるためには、「その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続が採られていることを要する」としています。
定めがあっても、当該労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、権利の濫用として無効となります(労働契約法第15条)。
就業規則が作成されていても、実際には従業員が閲覧できる状態になっていない、という事例は珍しくありません。周知の確認は、今日できることのひとつです。
3-2. 端的に押さえておきたい判例
| 判例 | 要点 |
|---|---|
| 日本ヒューレット・パッカード事件 最判平成24年4月27日 (第二小法廷) |
被害妄想を含む精神的不調により約40日間欠勤した社員に対する諭旨退職処分。最高裁は、使用者としては「精神科医による健康診断を実施するなどした上で」、その診断結果等に応じて必要な場合は治療を勧めた上で「休職等の処分を検討し、その後の経過を見るなどの対応を採るべき」であり、これを採ることなく直ちに諭旨退職の懲戒処分を執ることは「精神的な不調を抱える労働者に対する使用者の対応としては適切なものとはいい難い」と判示しました。 |
| 高知放送事件 最判昭和52年1月31日 (第二小法廷) |
寝過ごしによる2度の放送事故を理由とする普通解雇。同じ事故に関わった他の担当者がけん責処分にとどまったこと等を総合考慮し、解雇は「いささか苛酷にすぎ、合理性を欠くうらみなしとせず」とされました。処分の均衡が、相当性の判断要素として考慮された例です。 |
| 日光産業ほか1社事件 大阪地裁堺支部 平成22年5月14日判決 (労働判例1013号127頁) |
約3年間に18回の遅刻と連続した無断欠勤があった事案。会社は訓戒(始末書の提出)、出勤停止5日間、出勤停止7日間と段階的に懲戒処分を重ね、それでもなお改善が見られなかったことから、普通解雇が有効と判断されました。地裁の判断であり、控訴されています。 |
| フジ興産事件 最判平成15年10月10日 (第二小法廷) |
就業規則が拘束力を生ずるには、事業場の労働者への周知手続が採られていることを要するとされました。懲戒の前提条件にあたります。 |
3-3. 射程について
これらを実際の事案に当てはめる際には、次の点にご留意ください。
- 日本ヒューレット・パッカード事件は、精神的不調が疑われ得る欠勤の事案です。遅刻・欠勤一般について懲戒が否定されたわけではありません
- 逆に、不調を疑わせる事情がないケースまで、この判決を理由に手を止める必要もありません。分かれ目は、不調を疑わせる事情があったかどうかです。だからこそ、第1章の記録が要ります
- 高知放送事件は解雇の事案であり、比較されたのも同じ事故に関わった者同士の処分です。より軽い処分や、時期の異なる事案同士の比較にそのまま当てはまるわけではありません
- 日光産業ほか1社事件は地裁の判断であり、控訴されています。一般化には注意が必要かと思われます
産業保健の側からの読み方
日光産業ほか1社事件で効いているのは、段階を踏んだ事実が記録として残っていたことです。訓戒、出勤停止5日、出勤停止7日と、そのつど何があって何を伝えたかが残っている。第1章の記録は、ここにつながります。逆に言えば、記録がないまま重い処分に進もうとすると、根拠が示せません。
3-4. 就業規則は、面談での説明材料でもあります
就業規則は、処分の根拠であると同時に、面談の場で使う説明材料でもあります。「規則にこう定めがあるので、この状態が続くとこうなります」と、帰結を事前に共有するために使う。持ち出すのを最後の手段と考えると、使いどころを失います。
就業上の措置についても同じで、本人に実質的な不利益が伴わなければ、動機づけとしては機能しません。ただし一方的に発動するのではなく、どうなればどうなるのかを事前に伝えておくことが前提になります。
4. 産業医につなぐ ― 前に整えること、面談で得られること
4-1. 面談の前に、会社側で整えておくこと
次の4点が揃っているかどうかで、産業医の側で判断できることが大きく変わります。
- 勤怠記録 ― 第1章の粒度で、直近3〜6か月分。自己申告ではなく打刻ベースで
- 上司の観察 ― 業務内容、締切、ミスの変化。解釈を混ぜず、事実で
- 就業規則の該当条項 ― 始業・終業の時刻、服務規律、休職、懲戒の各条
- これまでの声かけの経緯 ― いつ、誰が、何を伝え、本人が何と答えたか
本人が面談に来なくても、先に相談して構いません
上司や人事が、本人に先んじて産業医に相談することは可能です。「この様子はどのくらい急ぐか」「どう声をかけるべきか」を聞くだけで、次の一手が具体的になります。
4-2. 面談で何が得られるか
産業医面談は、解決策ではありません。方向性が明確になる手続きです。ここは率直に申し上げておきます。
産業医面談では、医療情報などの機微な個人情報を聴取することが前提となります。そのため、守秘義務の観点から、人事・労務担当者等の同席はできません。面談後に会社へ共有されるのも産業医意見書であり、面談記録そのものは共有されません。
そして、産業医の意見は、それ自体に従う義務や強制力があるものではありません。判断の主体は会社です。したがって私が意見書でお渡ししているのは、会社が判断・行動できるに足る情報です。具体的には、次のような内容になります。
- 受診を勧める必要があるかどうか、ある場合はどの程度急ぐか
- 就業上の措置を検討すべきかどうか、検討する場合の内容と期間の目安
- 措置を見直す時期と、その際に確認すべき点
- 会社側で整えるべき事項(業務量の調整、上司への伝え方、次に確認する時期など)
逆に言えば、病名や症状そのものは、会社が判断・行動するために必要な情報ではありません。意見書に診断名が書かれていなくても、会社が動くには足ります。就業判定の考え方については就業判定、相談先の選び方については産業医契約形態と選び方で扱っています。
5. 受診や診断書の提出に協力が得られないとき
5-1. 会社が止まる必要はありません
協力が得られない場合でも、事例性の課題は記録され続け、就業規則上の手続は進みます。診断の有無にかかわらず、事例性の課題として記録しておくことの利点が、ここにあります。
対応としては、初回で断られても打ち切らず、間隔を置いて状況確認を反復することになります。次に話す日を、その場で決めてしまうのが確実です。
勧奨を強める判断について、ひとつ補足があります。勤怠の話では、状況が「悪化」した場合だけがトリガーではありません。改善されないこと自体が問題であり、「変わらない」ことも、就業規則の該当条項を示しながら勧奨を強める理由になります。ここを悪化待ちにすると、同じ状態が何年も続きます。
5-2. 受診を求められるか
就業規則に合理的な定めがある場合、受診命令に従う義務が生じうるとされています(電電公社帯広局事件・最判昭和61年3月13日)。実務上は、まず勧奨し、応じない場合に命令を検討する順序になります。
切り分けておきたい論点として、健康診断の有所見それ自体は、受診命令になじみません。二次検査の受診に法的な義務はなく、健診結果に基づく保健指導は事業者の努力義務とされています(労働安全衛生法第66条の7)。根拠として使えるのは、健診の結果ではなく、職場で観察されている業務上の支障のほうです。
詳しくは社員が受診しないとき、会社は受診を命令できるのかで扱いました。
5-3. 実務上の注意点
- 診療科は、会社が指定しません。ただし、まったく方向づけをしないという意味ではありません。遅刻・欠勤の背景が身体疾患であり、一般内科が先になる経路は珍しくありません。一方で、精神的な不調が疑われる事例で内科や産婦人科の診断書が出ても、就業判定に使える情報は一段落ちます。どの診療科を勧めるかは、産業医の助言を受けて決めるのが実際的です
- 受診費用・診断書料は、本人負担が原則です(医療の範疇にあたるため)。会社負担とする場合は全額とし、健康保険の枠組みからは外して扱います
- ご家族への連絡・協力依頼は、第一の手段ではありません。本人の同意が前提になります
- 勧奨の段階と、命令の段階を分けて考えます。受診の勧奨に応じないことを理由に不利益を課すことは避けます。一方、就業規則に基づく受診命令を拒否した場合については、電電公社帯広局事件で命令の拒否が懲戒事由にあたるとされ、戒告処分が有効と判断されています。ただし、命令に進むか、拒否にどう対応するかは、弁護士等とも相談のうえ慎重に判断してください。いずれの段階でも、就業上の措置の根拠は、観察されている事例性の課題の側に置きます
疾病性の判断は、人事・上司が主体的に行わない
遅刻・欠勤という見え方の背景には、まったく異なる状態が並んでいます。睡眠不足、睡眠障害、うつ病その他の精神疾患、身体疾患、薬剤の影響、生活上の事情。医師でも初診で確定できるとは限りません。上司・人事の役割は、産業医等を窓口として使うことです。なお、事例性のみで疾病性が疑われないケースであっても、疾病性を否定しておくこと自体が正当な目的となりますので、受診を求めることが直ちに矛盾するわけではありません。
まとめ/よくある質問
- 遅刻・欠勤は、すでに事例性の課題として目の前にあります。診断がつくのを待たずに、事実の記録と就業規則の当てはめから始められます。
- 記録の基準は、自己申告ではなく打刻などの客観記録に置きます。事後入力は禁止するのではなく、修正した事実が履歴に残る形にします。在宅勤務の日も同じ扱いにします。
- 遅刻・当日欠勤が起きた日には、遅れの程度・事前連絡の有無・本人の言葉・業務への影響を残します。上司の承認は週次で行います。
- 当日連絡のない欠勤を有給休暇にする場合も、連絡の有無は別項目として残します。
- 指摘の閾値に法定の基準はありません。回数・程度・変化を併せて見たうえで、会社としての目安を決めておきます。
- 成果が出ている社員ほど先送りされますが、社内での取扱いの差は、後の処分の相当性に影響しうるかと思われます。評価と勤怠は分けて伝えます。
- 背景に精神的不調が疑われ得るときは、懲戒に進む前に手を止めます。一方で、段階を踏んだ記録が残っていれば、解雇が有効とされた事案もあります。
- 産業医には、本人が来なくても先に相談できます。産業医の意見に強制力はなく、判断の主体は会社です。勤怠一覧を持って相談するのが、最も早い道です。
Q1. 遅刻・欠勤を、どのくらいの期間記録してから動けばよいですか。
記録が溜まるのを待つ必要はありません。記録と声かけは同時に始めます。「直近2か月で遅刻が5回あります」という事実を本人に伝えること自体が、最初の一歩です。あわせて、たとえ理由があっても遅刻の頻度については改善が必要だと会社は考えている、ということも明確に伝えます。産業医への相談についても、3〜6か月分が揃っていれば十分ですが、それ以前でも構いません。ただし、記録を取り始めた日より前のことは復元できません。気になった時点で始めるのが実際的です。
Q2. 本人が「体調が悪い」としか言わない場合、どうすればよいですか。
病名を聞き出そうとする必要はありません。言葉のまま記録し、事実の確認を続けます。そのうえで「体調の話であれば、産業医に相談できます」という選択肢を示します。本人が渋る場合でも、上司・人事が先に産業医へ相談することは可能です。「その日は少し体調が良くなかった。今は大丈夫」という回答が半年にわたって繰り返されている、という事実そのものが、産業医にとっては有用な情報になります。
Q3. 当日連絡のない欠勤を、後から有給休暇にしてよいですか。
事後の振替を認めるかどうかは、会社の運用として決めることです。ただし、認める場合でも当日の連絡の有無は別項目として残してください。有給として処理した時点で、勤怠データ上は計画的な休暇と区別がつかなくなります。後から半年分を振り返ったときに、連絡のない欠勤が何回あったのかが分からなくなるというのが、実務上いちばん困る点です。
あわせて、有給か欠勤かを問わず、短期間に休みが集中していないかも見てください。年次有給休暇の付与要件である全労働日の8割以上の出勤(労基法第39条第1項)は、最低限の目安になります。ただし、法定の出勤率の計算では年休取得日は出勤扱いとなるのに対し、ここでは本来は欠勤として扱うべきだった日を含めて数える点で、法定の計算とは異なります。
Q4. 就業規則に基づいて注意したいのですが、何から確認すればよいですか。
まず、就業規則が従業員に周知されているかを確認してください。作成し届出をしていても、実際に閲覧できる状態になっていなければ、拘束力の前提を欠くとされています(フジ興産事件)。そのうえで、始業・終業の時刻の定め、服務規律、休職、懲戒の各条を確認します。この4つは、産業医面談を依頼する際にも共有していただきたい情報です。
免責事項
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案に対する医学的判断・法的助言を行うものではありません。引用した裁判例はいずれも当該事案の具体的事情のもとでの判断であり、審級によって射程が異なります。他の事案にそのまま当てはまるものではありません。法令・指針は改正されることがあります。懲戒処分・解雇の可否および内容の判断については、必ず貴社の顧問弁護士、社会保険労務士等にご相談ください。従業員の健康上の対応については、貴社の産業医にご相談ください。
参考法令・判例・資料
【法令】労働基準法第39条(年次有給休暇)、第89条(作成及び届出の義務)/労働契約法第15条(懲戒)/労働安全衛生法第66条の7
【判例】日本ヒューレット・パッカード事件(最判平成24年4月27日 第二小法廷、平成23年(受)第903号)/高知放送事件(最判昭和52年1月31日 第二小法廷、昭和49年(オ)第165号)/フジ興産事件(最判平成15年10月10日 第二小法廷、平成13年(受)第1709号)/電電公社帯広局事件(最判昭和61年3月13日 第一小法廷)/日光産業ほか1社事件(大阪地堺支判平成22年5月14日、労働判例1013号127頁。地裁の判断であり、控訴されています)
