心理的安全性
新入社員が「質問できない」チームで起きていること ― 産業医が見る心理的安全性
入社して数か月の社員が体調を崩したとき、その原因は「本人の打たれ強さ」や「適応力」の問題として語られることが少なくありません。
しかし産業医として面談をしていると、早い段階で不調を訴える社員から繰り返し聞かれるのは、業務の量や難しさそのものよりも、次のような言葉です。
本記事では、こうした「質問できない」状態を心理的安全性という観点から整理し、受け入れ側の仕組みとして何ができるかを考えます。
この記事の要点
目次
1. 心理的安全性とは何か ― よくある誤解
心理的安全性(psychological safety)は、ハーバード・ビジネス・スクールのエイミー・エドモンドソン教授の研究で広く知られるようになった概念です。エドモンドソンは1999年の論文で、チームの心理的安全性を「このチームでは、対人関係上のリスクを取っても安全だ」という、メンバーに共有された認識と定義しました[1]。
ここでいう「対人関係上のリスク」とは、質問する、ミスを報告する、懸念を伝える、まだ固まっていない考えを口にする、といった行動のことです。いずれも「無能だと思われないか」「迷惑だと思われないか」という不安を伴います。
この概念には、よくある誤解が二つあります。
1-1. 個人の性格ではなく、チームの状態である
「物怖じしない人」「発言できる人」という個人の特性を指す言葉ではありません。同じ人でも、所属するチームによって質問できたりできなかったりします。
1-2. 「仲が良い」「厳しくない」ことではない
心理的安全性は、成果基準(求められる仕事の水準)を下げることではありません。エドモンドソンは両者を別の軸として整理しています[2]。目指すのは、高い水準を求められながらも、質問や報告ができる状態です。
新入社員にとって「質問すること」は、まさにこの対人関係上のリスクそのものです。
2. 「放置されている」感覚から不調に至る経過
以下は特定の事例ではなく、複数の面談に共通してみられる経過を一般化したものです。
「分からないことがあったら聞いて」と言われる。ただ、指導役は常に忙しそうに見える。
話しかけるタイミングを計るうちに、質問が溜まっていく。「まとめて聞こう」「もう少し自分で調べてから」と先送りする。
誤った理解のまま進めたり、手が止まったりする。遅れが出るほど「今さら聞けない」と感じるようになる。
本人が声を上げないため、指導役や上司は「特に問題はない」と認識している。しかし実際には業務の進捗は遅れており、業務上の問題として表に出ることもある。その際、仕組みの課題として捉えられることは少なく、「なぜもっと早く聞かなかったのか」と本人の課題として扱われて終わってしまう。
孤立感や今後への不安が重なる。ミスをしても叱責されないよう隠す、誰にも相談できない、という感覚が強まり、心身の不調が表面化・悪化していく。その後も状況が変わらなければ、休職願や退職届の提出に至る。
多くの場合、不調の前には「言えない状態」が一定期間続いています。周囲が気づくのは、業務の遅れやミスといった結果です。その背景にある「言えない状態」は見過ごされがちです。「なぜもっと早く聞かなかったのか」という問いかけは、その状態をかえって強めることにもなります。
3. 「聞けない」のは本人の問題か
能動的に質問することが得意でない人は、一定数います。それを性格や意欲の問題とみなすこともできますが、受け入れ側の仕組みとして見ると、別の見方ができます。
「分からなかったら聞いて」「いつでも聞いて」という声かけは善意から出たものですが、質問できる状況を前提にした仕組みです。新卒・中途に関わらず入社直後の社員は、何が分からないのかを整理できていないことがあります。また、相手の忙しさを推し量って声をかけるタイミングを判断できるほど、職場のことを知りません。
実際、同じ人でも、指導役から定期的に声がかかる環境では、経過が大きく変わることがあります。質問を待つのではなく、指導役から状況を確認しに行く体制の方が理にかなっています。
4. 受け入れ側でできること ― 指導役に「時間を取ってもらう」ハードルを下げる
「忙しそうで話しかけられない」「声をかけるのが申し訳ない」という声は、裏を返せば「相手の時間を取ること」自体が高いハードルになっているということです。このハードルは、本人の努力より仕組みで下げる方が確実です。
4-1. 入社後3か月程度:2週間ごとの定期面談をカレンダーに入れておく
時間は15〜30分程度で構いません。重要なのは、その都度声をかけて設定するのではなく、あらかじめ定期予定としてカレンダーを押さえておくことです。
4-2. 継続的な仕組み:上司との月1回の1on1
入社当初の高頻度な面談だけに力を入れると、一定期間が過ぎたところで仕組みそのものがなくなったり、形骸化したりすることがあります。そのため、初期の定期面談とは別に、継続的な仕組みとして上司との1on1を月1回程度設けておくことが望ましいと考えます。適切な頻度は業種や業務内容によって異なります。
1on1は本来、日々の業務の進捗確認とは切り分け、キャリアのことや業務そのもの以外の相談をする時間として確保したいものです。業務確認だけで時間が埋まってしまうと、それ以外の話をする場がなくなります。
| 入社後3か月程度 | その後も継続 | |
|---|---|---|
| 実施者 | 指導役 | 上司 |
| 頻度 | 2週間ごと | 月1回程度 |
| 時間 | 15〜30分 | 業務に応じて |
| 主な内容 | 業務の進捗・状況の確認 | キャリア、業務以外の相談 |
| 進め方 | 指導役から確認しに行く | 業務確認と切り分けて時間を確保する |
4-3. 指導役と上司が同じ人の場合
実際には、指導役と上司が同じ人であることも少なくありません。その場合も、二つの面談の目的が異なることに変わりはありません。
いずれの方法でも、業務の話がもう一方の時間を侵食しないようにすることが大切です。
4-4. 前提:指導役の時間を業務として確保する
定期面談は、指導役に時間的な余裕がなければ続きません。指導役を任命する際には、そのための時間を業務量の中に含めて考える必要があります。
よくある疑問への考え方
Q1. 手取り足取り面倒を見ていては、自律性が育たないのでは?
過干渉が望ましくないのは、その通りです。ただし「見て覚えろ」も効果的な指導方法とは言えず、行き過ぎれば放置になります。
定期面談は、答えを先回りして与えるための場ではありません。自分で考える機会や、実際に手を動かしてみる期間を設けたうえで、どの程度できていて、どこができていないのかを確認するための場です。聞き取った状況から、何を指示し、何を引き続き本人に考えさせるのか、どう伝えれば伝わるのかを考えること自体が、管理・指導の役割です。
Q2. 指導役は忙しく、そこまでの時間がない
忙しいときに些細な質問で話しかけられ、作業を中断させられるのが好ましくないことは、十分理解できます。ただ、指導を役割として設定している以上、対応は果たすべき業務であり責任です。忙しさを理由に対応しなければ、その役割を果たしていないことになります。
突発的な対応を減らしたいのであれば、「いつでも聞いて」ではなく「それは次の定例で話し合おう」と伝える方法があります。指導役は作業の中断を避けられます。質問する側も、聞く機会が確保されていると分かるので、安心して待つことができます。
Q3. 心理的安全性を重視すると、甘い職場にならないか?
前述のとおり、心理的安全性は成果基準を下げることではありません。目指すのは、高い水準を求めながら、分からないことやミスを早い段階で言える状態です。言えない状態のままでは、問題が表面化したときには、すでに大きくなっています。
まとめ
新入社員の早期の不調は、本人の打たれ強さだけで説明できるものではありません。その手前には「聞けない」「言えない」状態が続いていることが多く、それは個人の性格よりも、チームの仕組みで変えられる部分が大きいものです。
質問を待つのではなく、時間をあらかじめ確保し、指導役から状況を確認しに行く。入社当初の定期面談と、その後も続く上司との1on1を仕組みとして置いておくことは、心理的安全性を具体的な形にする方法の一つです。
免責事項
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案に対する医学的判断・法的助言を行うものではありません。記載の面談頻度・時間は目安であり、業種や業務内容に応じて調整してください。個別の従業員の状況については、貴社の産業医等にご相談ください。
参考文献
[1] Edmondson A. Psychological safety and learning behavior in work teams. Administrative Science Quarterly. 1999;44(2):350–383.
[2] Edmondson AC. The Fearless Organization: Creating Psychological Safety in the Workplace for Learning, Innovation, and Growth. Wiley; 2018.
